2020年09月13日
コルベットを買おうと思います。
格安のコルベットを見つけてしまいました。
私、「アメ車」には全く興味が無かったんですよ。
ってか、全否定だったんですよ。
嘘です。本当は、50’S大好きです。
50’Sのアメリカに死ぬほど憧れていた17の頃。
「ロケットサンダー」が死ぬほど欲しかったです。
でも「イタ車」に目覚めてしまって。デッカイのは
イコール「ダサい」って完璧に刷り込みましたね。
もう駄目です。このまま一生、ミニマムの美学を
貫きます。儚いとか、枯れたとか、思い出とか、
最終的には「望郷の念」ってやつです。
でも最近、「こぎれい」に終わらない方が「俺らしい」
かなとかって思うんですよ。思うことが凄く有るんです。
「暴れん坊」だとか「豪快さん」だとかって言われていた
10代20代。意気地もねーような、本物の「くず」に
常識がねーだとか、役にたたねーみたいなこと
言われると「良い人」になってられねーなって、
思うんです。凄く最近。
だったら「やってみろよ」ってことです。なんにも出来も
しねーくせに、まぁせいぜい頑張れよ!!!!!って
感じです(笑)もう脱力タイムズです。
そこまで「良い人」になってられないでしょ?普通は。
私は頑張ってる方ですよ。
まぁでもずっとこのままなんだと思います。
だって、そういう自分が好きっていうか、そうしたくなる
衝動を抑えられないです。別に威張ってません。
嘘とか、保身だとかっていう「くず」の典型みたいなのが
「死ぬほど嫌い」なだけなんです。無理だ。
私は嘘も保身も大嫌い。正義が好きってんではなくて、
正義じゃないのが我慢できないんですよ。
命とかって、大事ですか?まぁそりゃ大事ですよ。
でも私の場合、曲がったことをしなければならないくらいなら、
死んだ方が良い、ってか、命がけで正義を貫いて
「何が悪い?」って思ってます。
人間いつかは死にます。子供に伝えたい「一番」は
「これ」です。死んでしまうんだ。だから今を大切に生きて
欲しい。生きるということは「正しく」生きて初めて生きた
ことになる。道理を曲げて生きるようなことは、どこかで
何かが間違っている証拠なんだと、血が出るほど
「一所懸命」に教えたいです。
死後の世界をあざ笑う人がいます。自由です。
死んでも尚、その先に「存在」が在ると思うのも「おまえ」。
死んだら何も無くなる、消えてなくなると思って生きるのも
「お前の自由」。散々考えたり「漫画本」でも読んで、
自分を「肯定」してくれる「エビデンス」を見つけるのも自由。
それで癒されて「金を稼げる」なら、それは良かったね!!だ。
自分を「虚構」でも「虚飾」でも褒めてくれるという「慰め」が
生きる糧なら、それも良かろう。
「類は友を呼ぶ」ってのは「救い」なのかなと最近は思う。
波長が合うのだろう。
結婚や交際がそうだ。
間違いもある。「トラップ」だ。人生には「つきもの」だ。
くず同士は「引き合う」。くずの波長だ。不思議だ。
猫も犬も「自分と同じ毛色」のもの同士が惹き合う。面白い。
くずの求愛行動というか、「一所懸命さ」を見ていると、
顕微鏡の中で「ミジンコ」が頑張ってピコピコ動きながら
「別体」に近づいていくような様子を眺めているようだ。
呆れはしない。 リアルに蔑んでいるだけだ。

私、「アメ車」には全く興味が無かったんですよ。
ってか、全否定だったんですよ。
嘘です。本当は、50’S大好きです。
50’Sのアメリカに死ぬほど憧れていた17の頃。
「ロケットサンダー」が死ぬほど欲しかったです。
でも「イタ車」に目覚めてしまって。デッカイのは
イコール「ダサい」って完璧に刷り込みましたね。
もう駄目です。このまま一生、ミニマムの美学を
貫きます。儚いとか、枯れたとか、思い出とか、
最終的には「望郷の念」ってやつです。
でも最近、「こぎれい」に終わらない方が「俺らしい」
かなとかって思うんですよ。思うことが凄く有るんです。
「暴れん坊」だとか「豪快さん」だとかって言われていた
10代20代。意気地もねーような、本物の「くず」に
常識がねーだとか、役にたたねーみたいなこと
言われると「良い人」になってられねーなって、
思うんです。凄く最近。
だったら「やってみろよ」ってことです。なんにも出来も
しねーくせに、まぁせいぜい頑張れよ!!!!!って
感じです(笑)もう脱力タイムズです。
そこまで「良い人」になってられないでしょ?普通は。
私は頑張ってる方ですよ。
まぁでもずっとこのままなんだと思います。
だって、そういう自分が好きっていうか、そうしたくなる
衝動を抑えられないです。別に威張ってません。
嘘とか、保身だとかっていう「くず」の典型みたいなのが
「死ぬほど嫌い」なだけなんです。無理だ。
私は嘘も保身も大嫌い。正義が好きってんではなくて、
正義じゃないのが我慢できないんですよ。
命とかって、大事ですか?まぁそりゃ大事ですよ。
でも私の場合、曲がったことをしなければならないくらいなら、
死んだ方が良い、ってか、命がけで正義を貫いて
「何が悪い?」って思ってます。
人間いつかは死にます。子供に伝えたい「一番」は
「これ」です。死んでしまうんだ。だから今を大切に生きて
欲しい。生きるということは「正しく」生きて初めて生きた
ことになる。道理を曲げて生きるようなことは、どこかで
何かが間違っている証拠なんだと、血が出るほど
「一所懸命」に教えたいです。
死後の世界をあざ笑う人がいます。自由です。
死んでも尚、その先に「存在」が在ると思うのも「おまえ」。
死んだら何も無くなる、消えてなくなると思って生きるのも
「お前の自由」。散々考えたり「漫画本」でも読んで、
自分を「肯定」してくれる「エビデンス」を見つけるのも自由。
それで癒されて「金を稼げる」なら、それは良かったね!!だ。
自分を「虚構」でも「虚飾」でも褒めてくれるという「慰め」が
生きる糧なら、それも良かろう。
「類は友を呼ぶ」ってのは「救い」なのかなと最近は思う。
波長が合うのだろう。
結婚や交際がそうだ。
間違いもある。「トラップ」だ。人生には「つきもの」だ。
くず同士は「引き合う」。くずの波長だ。不思議だ。
猫も犬も「自分と同じ毛色」のもの同士が惹き合う。面白い。
くずの求愛行動というか、「一所懸命さ」を見ていると、
顕微鏡の中で「ミジンコ」が頑張ってピコピコ動きながら
「別体」に近づいていくような様子を眺めているようだ。
呆れはしない。 リアルに蔑んでいるだけだ。
