2018年02月22日

じゃらん 有り難い

最終確認とかっていうメールが来るんです。


受験のための宿を取っておいた訳ですが。
先ほどメールをチェックすると「じゃらん」から通知があって。
もう当たり前のことだから、読まずに削除しようとしたんです。
でも何気に開きますと。
えっ?!となりました。もう気が動転までカウントダウンです。

24日から二泊となっています。
あれっ?今日って何日?なに曜日?と助手席の家内に
何度も確認。表記がおかしいのかなとも思いましたが、
胸騒ぎがして宿はきさきに電話を入れました。間違った。

なにをどこで、どう間違ったのか分かりませんが、23、24で
予約したつもりが、24、25になっていたようです。
部屋は変えなければなりませんが、なんとか日にちの
変更が利きました。

でもなんでだろう...
ポンコツになってしまったのかなぁ...
なんか、もう全く自分に自信が持てないです。なにもかも...  

Posted by アーバンギア at 18:08Comments(8)あれこれ

2018年02月21日

くじける

何とか気持ちを奮い立たせる。

感情を抑えて相手の気持ちに寄り添ってみる。

上手く行く。

上手く行ったかのように思える。

よし大丈夫だ、頑張ろう、辛いのは一時だった。

そう自分を慰めるも、心配した通り、
元に引きずり戻される。

辛い。
でもここで泣いている訳にはいかない。


  

Posted by アーバンギア at 19:34Comments(0)あれこれ

2018年02月18日

持っている

昨日、長男が大学受験を終えて帰宅しました。


早稲田大学 創造理工学部 建築学科。
知っている人なら当たり前、早稲田は新宿にあります。
早稲田大学は筆記試験の他に「絵」を書かされます。
二日間にわたる試験です。
息子は「生まれて初めて」一人旅をしました。
私も息子も試験よりも「そっち」の不安の方が断然勝って
いたのは言うまでもありません。

宿を取ったのは私。早稲田は山手線で行けば高田馬場が
最寄の駅になります。宿は新宿駅の近くで取りました。
メトロの副都心線で行けば駅の眼前にホテルは有ります。
まぁ行きだけ品川から渋谷まで山手線で行かなければ
なりません。そこで乗り換えです。
不慣れな東京と、切符すら満足に買ったことが無い息子に、
ドキドキで送り出したのです。

何度もLINEを送りました。「たったの1時間ちょい」の
行程が、随分と長く感じました。
なんとか試験を終えて、サクサクと電車も乗って、
チェックインもチェックアウトも出来て、とてもホッとしています。

駅に迎えに行って、息子の顔を見ると、やはり安堵しました。
試験当日、試験終了後に私が送ったLINEに

私:「お前、夕飯、食ったか?」

息子:「今食べてる」

私:「なに食ってる?」

息子:「ステーキ」

とあったので、帰宅後「お前、どこで飯、食ったの?」と尋ねると
「新宿」と息子は答えました。すると息子は、半笑いで、

息子:「俺さぁ、入った店が外国人ばっかでさぁ」

私:「.......」

息子:「なんか最初、韓国語みたいな言葉で話しかけられてさぁ」

私:「ん?、店員に?」

息子:「うん」

私:「あっ?!お前、韓国人に見られたってこと?!」

息子:「いや、まぁ」

私:「ギャハハハハハ」+妻「ドギャヒャヒャヒャヒャヒャ」


持っています。やっぱ持っています。プロです。
家内も持っています。やはり遺伝というより「魂」だと思います。
天然って言われる人がいますが、長男と家内は「岩魚」どころか、
「イトウ」級の希少性を持った、笑いを取れるプロなんです。
恥ずかしいような、情けないような出来事に口が重かったのですが、
もう少し詳しく経緯を尋ねると、全ての流れを教えてくれました。

新宿は誰もが知っているように、外国人が非常に多くやってくる街です。
旅行客であったり、在日であったり。人種も「るつぼ」状態です。
雑居ビルの2階に有ったという、狭い店は観光ガイドにでも出ていた
「安くて美味い店」だった訳ですな。値段に釣られて息子は
考えずに店内に入ったと。

店に入ると外人だらけ。日本人は自分以外誰も居なかったと。
狭い店内は客で一杯だった訳です。
店員、もちろん日本人ですが、観光客に手馴れた様子で、中国人と
韓国人を見分け、息子に向かって「いらっしゃいませ」と韓国語で
話しかけた訳です。

店員:「エオセオ オセヨ(こんなかな)」

息子:「....」

韓国語なんて、全く分からない息子は、~ヨの部分だけで、韓国語?
な判断だったでしょうが、当然のことながら「ハァ?」なリアクション。

すると店員は、それならばと、

「Alone?」と。

息子:「あぁ、はい、1人です」と小さく、申し訳なさそうに答えたそうです。

店員は「なんだよ」なリアクションで黙って注文を聞いて厨房に帰って
いったそうです。ウケル...
「モニタリング」じゃなかったんでしょうか...

ちなみに数学の試験は「ゼロ完」だったそうです。終わっていますね。

PS:試験の前の日から泊まったのですが、その晩にも有り得ない
エピソードが有ったそうです。笑いました。ご所望ならば明日にでも
ブログに書きますが?  

Posted by アーバンギア at 20:40Comments(2)子育て

2018年02月11日

暫く休みます

書く気になれません。

みんな酷すぎますよ。  

Posted by アーバンギア at 17:31Comments(3)あれこれ

2018年02月08日

翻弄

抗う。それは逆らうことか。


受け入れないということだ。なんとか自分の希望を通したい。
必死になるときが有る。相手も必死に、それを阻害する。
攻防だ。暴力ではない。だが、では、どうしろというんだと、すっかり
戦意を喪失してしまう時が有る。放心状態だ。
人間そんなに強いものじゃない。

腕を下ろす。
もう好きにしてくれ。殺してくれと思う。
哀れんでくれるなと思う。そこから去りたい。ただただ去りたい。
違う場所に行きたい。

少し時間を置くと葛藤が生まれる。
まともな人間ならば、もうこれ以上やっても無駄ではないかと、
自分を疑う。どうせ駄目なんじゃないかと疑う。
疑うというよりは、もう駄目なんだから、よせと自分に言い聞かせて
いるようなものだ。もう何度も人生で、そんな葛藤を繰り返してきた。
愚か。
私の生き方を一言で表せば、そんなところだ。

「曳尾塗中(えいびとちゅう)」
息子たちの勉強部屋に私が書初めで書いた書が貼ってある。
昨日、中学生の娘が四文字熟語を三つ言えと、やっていたときに、
四面楚歌と言ったのを聞いて「楚」の話を思い出したのだった。

自由に生きることは容易くない。
自由は勝手にやることではないのだ。

抗うとは、自分よりも強いものに対して行うことだ。強い権力、
強い運命。

今日になって、やっと凍てついた家の前の道に塩化カルシウムを撒いた。
撒いた瞬間には、パチパチという軽い音が響きだす。
すっかり意気消沈してしまった心に実に静かに語りかける音だった。
25kgの袋は重い。それを振り回して氷の山に振り掛けるのだ。
氷が解ける音が大きくなると怒りに似た感情が湧き上がった。
食らえ、これを食らって解けろと心で叫びながら袋を振り回す。

傍には娘と家内が「もう解けてる!!凄いぞ塩カル!!」と叫んでいる。
塩化カルシウム、通称「塩」。気が重かった。撒けば解けることが
分かっていてもだ。袋が重い。外は、マイナス8℃。実に避けて
通りたい条件だ。自然と太陽が溶かしてくれるのではないかと期待する。
昨日は「鍬」で氷を割ろうとしたが、全くビクともしない程に凍りは厚かった。
仕方が無い、明日は塩を撒こうと思った。

抗うことは、時に、しぶしぶと「面倒」を受け入れることでも有る。
その面倒は「先人の知恵」でもあり「戦った証拠」でもある。
信じることは勇気が要ることだ。
私は臆病で不誠実な人間だと自覚している。
その自覚を受け入れることに抗っているのだと、改めて理解した次第である。



正直、何もしたくない時だってある。それでも物を作る毎日だ。
  

Posted by アーバンギア at 17:54Comments(0)あれこれ

2018年02月02日

気の毒な人

私は、怒りっぽい性格だ。


と、思っている。だが、相当に堪え性というか、寛容な面を
多く持っていると思っている。滅多なことでは人を批判しない。
それぞれだと思っているからだ。

だが目に余るときが有る。そんなとき一瞬、怒りがこみ上げるが、
基本的に「気の毒だ」と思う。可哀想だと思うのだ。
利己的で独善的で軽薄な人間に出会うと、きっと孤独なんだろう
と想像してしまうのだ。
面倒を嫌って、切り捨てているように見えるが、実際には
問題を多く抱えて、解決できないでいるのだろうと胸が痛む。

犍陀多(かんだた)を思い出す。
折角降りてきた蜘蛛の糸を自ら切ってしまい、可能性の芽を
摘んでしまうのだ。恣意的な態度を取るものは、結局は
全てを失う。何もかも無くしてしまった者は見ていて痛々しい。

今日は見渡す限りが銀世界になった。
どこへも出ることが出来ない。無理をしても苦境に立つだけだ。
こんな日は雪を楽しむ方が良い。息子も静かに受験勉強に
取り組んでいる。実に静かに。
それで良い。
来るべき時に100パーセントの力を発揮できれば良いのだ。
娘も雪を楽しんだ。
まぁそれで良い。
そういったことをした者が、どういった結果に繋がるのか、それを
確かめてみたいとも思うのだ。準備は大切だ。

割れてしまった器は、もう元には戻らない。
大切に扱うべきだったと反省すれば、再び器を割る失敗の
確立を下げることが出来るだろう。しかし、器の扱いについて、
気にも留めない者は、何度でも器を割ることだろう。
割る器が無くなるまで。


  

Posted by アーバンギア at 18:07Comments(3)あれこれ