2016年11月30日
僕の設計プロセス~そして完成まで
少しは仕事のことを書かないと折角「訪問」していただいた方に
申し訳ないなとかって、思う今日この頃。
昨今では「ネット上」で出会って、そこから依頼ってパターンが
定着してきましたね。本当は「紹介」が一番嬉しいんですけどね。
出ないですね、建築家の仕事場では。
大きなビルや商業施設、とにかく「特殊」な建築物の場合は
逆に紹介ビジネスが多くなりますね。特殊建築物のオーナーは、
やっぱり「特別な存在」ですしね。滅多に出会いませんか。
私のような小さな事務所の建築家の仕事は、もっぱら「住宅」が
多いのが普通ですね。あとは小さな店舗か。
今日は住宅の一例を極々簡単に紹介したいと思いましたっ!!(笑)
凄い!!俺が商売の宣伝をするぞっ!!(笑)
では。
出会う。
まず出会いは「メール」からですね。ネット上では、ポータルサイトにしろ
Googleさまにしろ、「一方的」にどちらかが発見して興味を持つことから
始まりますから、まぁここは出会いってとこまで行っていないと思うんです。
で、どちらかが、メールを送るところから始まって、それを「受信」した
ところが出会いだと思うんです。
基本的には、クライアントが「要望・要件」を話します。みなさん「ざっくり」
としか、希望が言えない場合が殆どです。そりゃそうです。ですから、
私の方から質問します。質問攻めです(笑)
設計士の力量として大変重要なのが、この「聞き取り」なのです。
ちゃんと気持ちを汲むというより、施主を育てながら、良い住まいを理解させ、
そこに住んでもらおうという考えを持てるか、どうかなんです。
私も、まだまだですが、ここの部分には強い拘りがあります。
しかし、クライアントは、この時点で「複数の問い合わせ先」を持っています。
ハウスメーカーや設計事務所ですね。すると同じような事を何度も聞かれたり、
言わされたりしますから、とうぜん「面倒」になってくる訳ですよ。(笑)
だから「良い仕事をする建築家」が必ずしも「人気の建築家」、つまり
沢山の設計事例を持っているって訳ではないんです。つまり「スマート」、そうです
笑っちゃう話なんですが、容姿が端麗だったり、喋り方が綺麗だったり、
「適当」だったりする建築家の方が断然
「受任」件数は多いですね。(T_T)
まぁそんな訳で「うとまし」がられながらも、なんとか聞き取りみたいなことを
終えて、私の場合は「無料」で設計案を出しています。
これは昔ながらの設計事務所では考えられないサービスです。
ですが、私は独立当時からやっています。今では結構「当たり前」な感じになってきました。
当然クライアント候補も、そういったサービスを「当たり前」と受け取って利用する
感じになってきています。正直ちょっと寂しいです。
建築家によって様々な提案方法があります。図面だったり模型だったり。
CGだったり手書きだったり。
私の場合は手書きの図面か、PCで書いた図面を提出します。滅多に模型は
作りません。受任後に作る事はあります。
「琵琶湖の家」の例では最初にメールを頂いて私の方から「電話」をくれと言いました。
電話で、すっかり意気投合しましたが、その時点では設計の契約について、
なにも交わしてはいません。その後、いつものように「手書き」の平面図とパースを
郵便でお送りしました。

※サムネイルクリックで拡大します。

※サムネイルクリックで拡大します。
この時点で実は「建築地」が決まっていませんでした。欲しい土地があるので
大津市まで見に来て欲しいと依頼がありました。まだ仕事を受任していません。
「ただ」で滋賀県まで行くんです。
行きました。とても良い土地だったので、直ぐに購入意思を不動産屋に伝えなさいと
私は言いました。するとクライアントは直ぐに買い付け証明書を出しました。同時に
銀行にも融資の相談をするように勧めました。この時点でクライアントは、すっかり
私を信頼していただいて正式に設計を依頼されました。書類を作ってお送りしました。
銀行用に見積書を作り、図面をPCで製図して提出しました。当然この時点では
「実施」になる設計図ではありません。

※サムネイルクリックで拡大します。

※サムネイルクリックで拡大します。
それでも施主は、土地も決まって、実施設計にも入れることになって舞い上がるような
気持ちでいたと思います。私も大変に「やりがい」のある設計依頼だったので、
夢中になって資料を集めました。ですが、不動産屋の裏切りが入ったのです...
銀行の「特約」を付けて土地購入の契約をするように勧めたのですが、どうもその
不動産屋さんは、そういったことを信用していないようで、ローンが下りるまでの
期間を待って、他の客からの問合せを袖にして、なおかつ、ローンが下りなかったらと
心配したのでしょう。およそ1ヶ月待てなかったんですね。ずっと売れなかった場所なのですが、
クライアントの軽い気持ちとは裏腹に、私は「売れるかも」そう思っていた通りに
なってしまったのです。電話がありました。今にも泣いてしまいそうな気持ちが伝わりました。
そして「別の」良い土地があったので、買おうと思っていると言うのです。
私は「早まるな!!」と伝えました。こういった気分の時には、ついつい「つまらない」ものを
掴んでしまうものです。私は、このまま仕事にならなくなるかもしれないなとも
考えていましたが「私が現場を見てみるから」と言って、直ぐに琵琶湖まで伺いました。
このあたりは「契約内容」には含まれない業務です。でも、それが私なんです。
威張ってませんよ(笑)
駄目でした。こんな土地じゃ、ろくな計画にならないと伝えました。
二人で雨のそぼ降る中、肩を落としながら「団地内」を歩きました。
すると私の目の前に「良いジャン!!」な土地が現れたのです。
クライアントも「あれっ?!こんなの売りに出てなかったぞ!!」と驚愕の表情。
実は売りにかかっていたのです、随分前から。ですが経費も掛かるので看板を
出していなかったんですね。クライアントは、その場で不動産屋に電話をかけ、
「今から行くから」と伝えました。私も同行して「その場」で「買い付け証明」を出しました。
クライアントは若くて、知識もありません。私は「売値」の「半額」を
購入希望額にするようにクライアントに指示しました。
クライアントは驚いてタジタジでした(笑)
売れてしまった土地は160坪で970万円くらいだったと思います。
それが見つけた新しい土地は100坪強で750万円でしたから、その時点で200万円も
予算にゆとりが出来ていました。ですからクライアントは無理しなくてもと考えるのは
自然な事ですね。結局私が目指したとおり「ほぼ半額」になりました。
半端無い「やってやった感」でしたね(笑)
実は、この現場に行くまでに1ヶ月くらい時間が空いたのですが、その間、私は忙しい
クライアントに代わって死ぬほど「物件」探しをしました。ノイローゼでしたよ(笑)
この日の出張で現場に行く道中で素晴らしい虹を二人で車窓から見たんです。
「なにか良いことがありそうですね」と言ったクライアントの言葉の響が、しっかりと
耳に残っています。
さてこれで、本当に行ける事になったので、ここからが「建築家」らしい仕事の
始まりな訳ですね。
まずは「間取り」です。
敷地の形状や環境を十分に考慮して、「いつまでも」考えるのが私流です。
今回は「平屋」でしたので構造については簡単にまとめられます。
ですが平面を計画するときでも、同時にエレベーション、つまり「空間」も
設計しています。それが普通の建築家です。空気感も想像しながら設計します。
仕上げに使う材料もイメージします。ですから、簡単に「提案をくれ」と言われると、
憤るというより「寂しい」んです。簡単に出来る設計なんて無いんですよ。

※サムネイルクリックで拡大します。
これは平面詳細図といって、基本的には実施前提で書きます。ここまで
書きあがっていなければ「正確な見積り」は出ません。単純な単線で書かれた
間取りだけの図面では、仕様が決まっているハウスメーカーのようなところ
でしか見積りは作れないのです。他にも仕様書や配置図から構造図、や計算書を
作成します。このあたりの作業は建築家というより「建築士」の仕事ですね。








※サムネイルクリックで拡大します。
こんな感じの図面を、まだまだ山のように書くのです。
これでやっと工務店は見積書を作成できる訳です。ここから多くの変更が出る訳ですが、
算出根拠があるので、クライアント側も施工側も安心して契約が出来るんですね。
で、いつもなら、ここで私の仕事は一旦終了なのですが...
仕様の変更程度なら、この後、建築確認申請を出すだけです。ところが「模型」を
作って見せてくれと要望が...受任内容には含まれていませんでしたが、確かに
スキップフロアもありますので、じゃあ作るかと。断面図じゃ駄目なの?!と半泣きだった
んですけどね、本当は。他の仕事も立て込んでいたので、もう目を吊り上げて朝から
晩まで作ってましたね。製作費用は、ちょっと公表出来ません(笑)



※サムネイルクリックで拡大します。
このように内部の家具なども全て作って配置しています。
クライアントも、この模型のイメージに合わせて、アンティークのドアなどを探し始める
のですが、これがまた2本程度を決定して、あとはギブアップ。
当然のように私が「建具本体」、それから「金物類」をネットで探しまくるんです。
もう気が遠くなるほどの時間を費やしましたね。本音で言えば「二度とゴメン」って
とこですね(笑)それでもネットでは決め切れなくて、実際にアンティークドアの
専門輸入業者の倉庫まで何度も足を運びましたね。ああ...
そして「鉄窓」の設計や木製建具の設計、それに内部建具の「枠」の設計などを
続けて行いました。
実際には、この作業中にも建築地が市街化調整区域だったために都市計画法の
手続きを受任したので、書類を作り大津市役所まで2度ほど足を運んだのです。
まぁこれも大変でしたね(T_T)
やっと着工となった訳ですが、工務店さんの意向で私は「監理」から外れました。
ですが、私の設計です。しっかりと工事が行われているか「この眼」で確かめない訳には
参りません。もうこの辺からは商売なんて眼中に無いです。というか、今回に限って
(実は毎度)とっくの前から、とても設計料に見合った仕事量では無かったのですが、
私も建築家の端くれ、自分で「やる」と言った以上「任せろ」と言い切った以上、
何が何でも竣工させるつもりで仕事をしています。
実は、工事中に請負い先の社長さんと怒鳴りあいの喧嘩を2度ほどしていまいました(笑)
現在は和解して、とてもフレンドリーな関係です!
私は本気です。ですから請負先が「勝手な判断」で工事を進めることを許しません。
当たり前の話です。
クライアントは100万円以上のお金を払い、何百時間も掛けて打ち合わせを行い、
半年もの設計期間を経て、やっと工事をやっているのです。当然その苦労に「従って」
工事が進むと思っていますから。
工務店の社長さんも私が「一筋縄では行かない」建築家だと分かって、以降しっかりと
図面のチェックと確認の連絡をくれるようになりました。良かったです。
どうしても「監理」を抜けたり、施主が見つけてきた工務店ですと、こういった
トラブルやスムーズに運ばない管理(監理でなくて)が出たりします。実際の契約前に、
しっかりと立場と関係を理解していただくことが大切です。
そして今回に限らず、最近では「施主支給」ということを当たり前のように行うのですが、
こいつが「食わせ物」なんです。クライアントは「自分で頑張る」と最初は言うのですが、
諸々探したり、研究したりするのに「早々と」疲れてしまう場合が殆どです。
まぁ当たり前ですよね。我々は、それを商売の「ネタ」にしている訳ですから。
なので、私の場合、あまりにも多い点数の買い付けや、複雑な要求や交渉が必要な
ものは、しっかりと手数料を頂いて施主支給のお手伝いをさせて頂いております。
簡単なものなら手数料など頂かないで情報を提供したり、仕入れをして安価に渡しています。
ブログなので少々憚られますが、直接施工先に頼むより多ければ20パーセントくらい
安く済むことも多くあります。
で、今回探し回った建材たち。



この他、ドアのノブなどヤフオクで「せり」になって、クライアントと二人でハラハラドキドキで
落札したものもあったりします。安くて「二つ無いもの」を探すのは本当にしんどいですね。
また外部建具、今回は木製建具と鉄窓ですが、いくつもの製作先を私が選定して、図面を
送り、見積りを徴収して吟味します。ちなみに手数料は「1円も」頂きません。
今回は滋賀県大津市にある「西谷建具」さんと、そのご紹介で知り合うことの出来た作家さんで
京都の「工房 一創」さんに製作をお願いしました。もうびっくりするほど「安かった」です。
そしてなにより完成度の高い、素晴らしい「工芸品」のような作品を納めて頂きました。
現場で拝見して私は涙腺が緩みましたね。本当に。
西谷建具さんは当初、製作を受けてくださらなかったのです。それを何度も電話して
口説き落として、やっと見積もりだけは作っていただきました。しかし仕事が立て込んでいるからと、
中々製作に掛かっていただけなくて。そこでクライアント自ら出向いて「口説いてきてください」と
私から指令を出したのでした。今回のクライアントは、本当に素晴らしい青年で、真っ直ぐな
心と正直な気持ちがあれば、絶対に良い建具を作ってもらえるだろうと、私は踏んでいたのです。
つまりクライアントご家族だからこそ、きっと「良い家」が出来上がるだろうと最初から自信があった
のでした。私は「勘」だけは自信があるんです。自分は駄目なんですけどね(笑)
西谷建具さんは根拠も無く、絶対に良い仕事をしている人だと感じました。
よくあるHPの作例なんて、そんなものなんにも頼りになりません。本当です。
私も昔は作例写真をバンバン載せた重たいサイトを作っていましたが、止めました。


※サムネイルクリックで拡大します。
こんな作業をやりながら現場には月に1回くらいの頻度で管理に伺いました。
一番最初に現場の大工との密な打合せ、鉄窓の製作先の一創さんとの採寸や打ち合わせの
御蔭で不安な気持ちが一編に軽くなったのを昨日のことのように思い出します。
それまで工務店の社長さんは、なぜか「建築家」を敵対視しているような感じでしたね。
ですが、職人さんたちが私に打ち解けて信頼して会話をしている様子を見て、これは従わないと、
自分の方が職人たちに嫌われるとでも感じたかのようでした。
私は元々、高圧的な態度も採りませんし、大勢の建築に関わる、まして自分の設計した
「子供のような」現場に関わっていただける皆さんは、十年来の友人のように接しています。
正直、建築家の設計の現場は「面倒」、思っていた以上に「手間」が掛かるなど、
もう必須って感じです。中には仕事を下りてしまうような方もいらっしゃいます。
現場も内部に工事が進んでくると、キッチンや洗面台の設計図も書かなければなりません。
実際に取り付ける換気扇なども施工図を取り寄せ、ちゃんと天井に収まるかなど、再度チェックを
行って、現場に取り付け位置の指示を「直接」出します。もう工務店の管理者は必要ないです。
私の場合。
設計図をちゃんと見て、それを読み取ってくれるか等、いちいち気にしていたら時間が
もったいないです。越権行為にならないように配慮しながら、どんどん正確に伝えていきます。

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実際に工事が始まってからも変更に対応したり、未定だった仕上げ材料や収まりについて、
図面化したり、細かく現場に指示を出して行きます。面白いもので現場の大工も
二人いれば「出来る」と言ったり「出来ない」と言ったりします。これは、仕事が面倒、
つまり下請けを取った「親方」にとって見れば、そんな面倒な事をやったら人件費が掛かって、
請負い金額が合わないよって事なんです。これは施主には責任の無いことです。
だから建築家の設計は工務店には嫌われるんです。工務店さんは革新的な工法や、
高級建材を売りにして仕事をされている会社が多いです。実にクラフツマンシップに富んだ
芸の細かい「納まり」を売りにしているところも有りますが、これは本当に少なくなりました。
やはり「伝わらない」からだと思います。
一生懸命に作っても施主に評価されないのでは、これは実に馬鹿馬鹿しいことですからね。
喜んでもらえることを、きちんと行う。それが施工者の第一命題でありますから。
今の時代、それが当たり前になってしまったのかもしれません。少し残念です。

更地

上棟

鎧張り 出隅の納まりや釘打ちの指示

天井は構造表し

木製建具 突出し窓 金物の選定では苦労しました。

鉄窓 黒皮と呼ばれる鋼鉄製です。既に錆が出ていますが、コールテン鋼といって
一旦安定してしまえば中まで錆びないんです。華奢なラインが、堪りませんな。

段板は高級建材の「オーク(楢)」です。家中オークです。金掛かった(笑)

静岡で購入して大津に送りました。これ100年以上前のドアですが、まったく「垂直」に
なっていなくて、木工所で加工してもらいました。錠前もハンドルもドア厚に合うものが
無くて、もうろうとしながら探したのを、きっと一生忘れませんね(笑)

鎧張りとの取り合いも現場で考えないことには上手くいきません。
一創さんの御蔭で正確に、しかも防水も考慮して施工できました。

外壁は杉板貼りです。窓枠は松で作ってあるので、現時点では色の違いが
アクセントになっていますね。1年もしないうちに外壁は灰色になるでしょう。
シロアリの薬は塗布しますが、杉板にペンキなどは塗りません。昔ながらの作りです。
最初に載せた水彩のパースの雰囲気が残っていると思いますが、いかがですか?
もうじき、この現場も竣工を迎えます。一番最初にクライアントと出会ってから1年半以上が
経とうとしています。私にとってクライアントご家族は、もう親戚みたいなものです。
こうやって普段から仕事をしているので大量には設計が出来ません。また多少
「暑苦しい」性格もあったりして、施主の方には向き不向きがあると思います。
それでも折角建てるんだからと、お考えの方は一度お問合せをいただけると良いと
思っています。決して無駄な時間にはならないと思っています。
私のような愚鈍で能力の低いものが、なにか良く分からない「想い」のような
ものを「カタチ」にする、お手伝いを任せていただけるなんて、それだけで生きていて
良かったと、腹の底から思います。
竣工写真は、クライアントご家族と一緒に撮って、必ずアップします。
もう間もなくです!!
申し訳ないなとかって、思う今日この頃。
昨今では「ネット上」で出会って、そこから依頼ってパターンが
定着してきましたね。本当は「紹介」が一番嬉しいんですけどね。
出ないですね、建築家の仕事場では。
大きなビルや商業施設、とにかく「特殊」な建築物の場合は
逆に紹介ビジネスが多くなりますね。特殊建築物のオーナーは、
やっぱり「特別な存在」ですしね。滅多に出会いませんか。
私のような小さな事務所の建築家の仕事は、もっぱら「住宅」が
多いのが普通ですね。あとは小さな店舗か。
今日は住宅の一例を極々簡単に紹介したいと思いましたっ!!(笑)
凄い!!俺が商売の宣伝をするぞっ!!(笑)
では。
出会う。
まず出会いは「メール」からですね。ネット上では、ポータルサイトにしろ
Googleさまにしろ、「一方的」にどちらかが発見して興味を持つことから
始まりますから、まぁここは出会いってとこまで行っていないと思うんです。
で、どちらかが、メールを送るところから始まって、それを「受信」した
ところが出会いだと思うんです。
基本的には、クライアントが「要望・要件」を話します。みなさん「ざっくり」
としか、希望が言えない場合が殆どです。そりゃそうです。ですから、
私の方から質問します。質問攻めです(笑)
設計士の力量として大変重要なのが、この「聞き取り」なのです。
ちゃんと気持ちを汲むというより、施主を育てながら、良い住まいを理解させ、
そこに住んでもらおうという考えを持てるか、どうかなんです。
私も、まだまだですが、ここの部分には強い拘りがあります。
しかし、クライアントは、この時点で「複数の問い合わせ先」を持っています。
ハウスメーカーや設計事務所ですね。すると同じような事を何度も聞かれたり、
言わされたりしますから、とうぜん「面倒」になってくる訳ですよ。(笑)
だから「良い仕事をする建築家」が必ずしも「人気の建築家」、つまり
沢山の設計事例を持っているって訳ではないんです。つまり「スマート」、そうです
笑っちゃう話なんですが、容姿が端麗だったり、喋り方が綺麗だったり、
「適当」だったりする建築家の方が断然
「受任」件数は多いですね。(T_T)
まぁそんな訳で「うとまし」がられながらも、なんとか聞き取りみたいなことを
終えて、私の場合は「無料」で設計案を出しています。
これは昔ながらの設計事務所では考えられないサービスです。
ですが、私は独立当時からやっています。今では結構「当たり前」な感じになってきました。
当然クライアント候補も、そういったサービスを「当たり前」と受け取って利用する
感じになってきています。正直ちょっと寂しいです。
建築家によって様々な提案方法があります。図面だったり模型だったり。
CGだったり手書きだったり。
私の場合は手書きの図面か、PCで書いた図面を提出します。滅多に模型は
作りません。受任後に作る事はあります。
「琵琶湖の家」の例では最初にメールを頂いて私の方から「電話」をくれと言いました。
電話で、すっかり意気投合しましたが、その時点では設計の契約について、
なにも交わしてはいません。その後、いつものように「手書き」の平面図とパースを
郵便でお送りしました。

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※サムネイルクリックで拡大します。
この時点で実は「建築地」が決まっていませんでした。欲しい土地があるので
大津市まで見に来て欲しいと依頼がありました。まだ仕事を受任していません。
「ただ」で滋賀県まで行くんです。
行きました。とても良い土地だったので、直ぐに購入意思を不動産屋に伝えなさいと
私は言いました。するとクライアントは直ぐに買い付け証明書を出しました。同時に
銀行にも融資の相談をするように勧めました。この時点でクライアントは、すっかり
私を信頼していただいて正式に設計を依頼されました。書類を作ってお送りしました。
銀行用に見積書を作り、図面をPCで製図して提出しました。当然この時点では
「実施」になる設計図ではありません。

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それでも施主は、土地も決まって、実施設計にも入れることになって舞い上がるような
気持ちでいたと思います。私も大変に「やりがい」のある設計依頼だったので、
夢中になって資料を集めました。ですが、不動産屋の裏切りが入ったのです...
銀行の「特約」を付けて土地購入の契約をするように勧めたのですが、どうもその
不動産屋さんは、そういったことを信用していないようで、ローンが下りるまでの
期間を待って、他の客からの問合せを袖にして、なおかつ、ローンが下りなかったらと
心配したのでしょう。およそ1ヶ月待てなかったんですね。ずっと売れなかった場所なのですが、
クライアントの軽い気持ちとは裏腹に、私は「売れるかも」そう思っていた通りに
なってしまったのです。電話がありました。今にも泣いてしまいそうな気持ちが伝わりました。
そして「別の」良い土地があったので、買おうと思っていると言うのです。
私は「早まるな!!」と伝えました。こういった気分の時には、ついつい「つまらない」ものを
掴んでしまうものです。私は、このまま仕事にならなくなるかもしれないなとも
考えていましたが「私が現場を見てみるから」と言って、直ぐに琵琶湖まで伺いました。
このあたりは「契約内容」には含まれない業務です。でも、それが私なんです。
威張ってませんよ(笑)
駄目でした。こんな土地じゃ、ろくな計画にならないと伝えました。
二人で雨のそぼ降る中、肩を落としながら「団地内」を歩きました。
すると私の目の前に「良いジャン!!」な土地が現れたのです。
クライアントも「あれっ?!こんなの売りに出てなかったぞ!!」と驚愕の表情。
実は売りにかかっていたのです、随分前から。ですが経費も掛かるので看板を
出していなかったんですね。クライアントは、その場で不動産屋に電話をかけ、
「今から行くから」と伝えました。私も同行して「その場」で「買い付け証明」を出しました。
クライアントは若くて、知識もありません。私は「売値」の「半額」を
購入希望額にするようにクライアントに指示しました。
クライアントは驚いてタジタジでした(笑)
売れてしまった土地は160坪で970万円くらいだったと思います。
それが見つけた新しい土地は100坪強で750万円でしたから、その時点で200万円も
予算にゆとりが出来ていました。ですからクライアントは無理しなくてもと考えるのは
自然な事ですね。結局私が目指したとおり「ほぼ半額」になりました。
半端無い「やってやった感」でしたね(笑)
実は、この現場に行くまでに1ヶ月くらい時間が空いたのですが、その間、私は忙しい
クライアントに代わって死ぬほど「物件」探しをしました。ノイローゼでしたよ(笑)
この日の出張で現場に行く道中で素晴らしい虹を二人で車窓から見たんです。
「なにか良いことがありそうですね」と言ったクライアントの言葉の響が、しっかりと
耳に残っています。
さてこれで、本当に行ける事になったので、ここからが「建築家」らしい仕事の
始まりな訳ですね。
まずは「間取り」です。
敷地の形状や環境を十分に考慮して、「いつまでも」考えるのが私流です。
今回は「平屋」でしたので構造については簡単にまとめられます。
ですが平面を計画するときでも、同時にエレベーション、つまり「空間」も
設計しています。それが普通の建築家です。空気感も想像しながら設計します。
仕上げに使う材料もイメージします。ですから、簡単に「提案をくれ」と言われると、
憤るというより「寂しい」んです。簡単に出来る設計なんて無いんですよ。

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これは平面詳細図といって、基本的には実施前提で書きます。ここまで
書きあがっていなければ「正確な見積り」は出ません。単純な単線で書かれた
間取りだけの図面では、仕様が決まっているハウスメーカーのようなところ
でしか見積りは作れないのです。他にも仕様書や配置図から構造図、や計算書を
作成します。このあたりの作業は建築家というより「建築士」の仕事ですね。








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こんな感じの図面を、まだまだ山のように書くのです。
これでやっと工務店は見積書を作成できる訳です。ここから多くの変更が出る訳ですが、
算出根拠があるので、クライアント側も施工側も安心して契約が出来るんですね。
で、いつもなら、ここで私の仕事は一旦終了なのですが...
仕様の変更程度なら、この後、建築確認申請を出すだけです。ところが「模型」を
作って見せてくれと要望が...受任内容には含まれていませんでしたが、確かに
スキップフロアもありますので、じゃあ作るかと。断面図じゃ駄目なの?!と半泣きだった
んですけどね、本当は。他の仕事も立て込んでいたので、もう目を吊り上げて朝から
晩まで作ってましたね。製作費用は、ちょっと公表出来ません(笑)



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このように内部の家具なども全て作って配置しています。
クライアントも、この模型のイメージに合わせて、アンティークのドアなどを探し始める
のですが、これがまた2本程度を決定して、あとはギブアップ。
当然のように私が「建具本体」、それから「金物類」をネットで探しまくるんです。
もう気が遠くなるほどの時間を費やしましたね。本音で言えば「二度とゴメン」って
とこですね(笑)それでもネットでは決め切れなくて、実際にアンティークドアの
専門輸入業者の倉庫まで何度も足を運びましたね。ああ...
そして「鉄窓」の設計や木製建具の設計、それに内部建具の「枠」の設計などを
続けて行いました。
実際には、この作業中にも建築地が市街化調整区域だったために都市計画法の
手続きを受任したので、書類を作り大津市役所まで2度ほど足を運んだのです。
まぁこれも大変でしたね(T_T)
やっと着工となった訳ですが、工務店さんの意向で私は「監理」から外れました。
ですが、私の設計です。しっかりと工事が行われているか「この眼」で確かめない訳には
参りません。もうこの辺からは商売なんて眼中に無いです。というか、今回に限って
(実は毎度)とっくの前から、とても設計料に見合った仕事量では無かったのですが、
私も建築家の端くれ、自分で「やる」と言った以上「任せろ」と言い切った以上、
何が何でも竣工させるつもりで仕事をしています。
実は、工事中に請負い先の社長さんと怒鳴りあいの喧嘩を2度ほどしていまいました(笑)
現在は和解して、とてもフレンドリーな関係です!
私は本気です。ですから請負先が「勝手な判断」で工事を進めることを許しません。
当たり前の話です。
クライアントは100万円以上のお金を払い、何百時間も掛けて打ち合わせを行い、
半年もの設計期間を経て、やっと工事をやっているのです。当然その苦労に「従って」
工事が進むと思っていますから。
工務店の社長さんも私が「一筋縄では行かない」建築家だと分かって、以降しっかりと
図面のチェックと確認の連絡をくれるようになりました。良かったです。
どうしても「監理」を抜けたり、施主が見つけてきた工務店ですと、こういった
トラブルやスムーズに運ばない管理(監理でなくて)が出たりします。実際の契約前に、
しっかりと立場と関係を理解していただくことが大切です。
そして今回に限らず、最近では「施主支給」ということを当たり前のように行うのですが、
こいつが「食わせ物」なんです。クライアントは「自分で頑張る」と最初は言うのですが、
諸々探したり、研究したりするのに「早々と」疲れてしまう場合が殆どです。
まぁ当たり前ですよね。我々は、それを商売の「ネタ」にしている訳ですから。
なので、私の場合、あまりにも多い点数の買い付けや、複雑な要求や交渉が必要な
ものは、しっかりと手数料を頂いて施主支給のお手伝いをさせて頂いております。
簡単なものなら手数料など頂かないで情報を提供したり、仕入れをして安価に渡しています。
ブログなので少々憚られますが、直接施工先に頼むより多ければ20パーセントくらい
安く済むことも多くあります。
で、今回探し回った建材たち。



この他、ドアのノブなどヤフオクで「せり」になって、クライアントと二人でハラハラドキドキで
落札したものもあったりします。安くて「二つ無いもの」を探すのは本当にしんどいですね。
また外部建具、今回は木製建具と鉄窓ですが、いくつもの製作先を私が選定して、図面を
送り、見積りを徴収して吟味します。ちなみに手数料は「1円も」頂きません。
今回は滋賀県大津市にある「西谷建具」さんと、そのご紹介で知り合うことの出来た作家さんで
京都の「工房 一創」さんに製作をお願いしました。もうびっくりするほど「安かった」です。
そしてなにより完成度の高い、素晴らしい「工芸品」のような作品を納めて頂きました。
現場で拝見して私は涙腺が緩みましたね。本当に。
西谷建具さんは当初、製作を受けてくださらなかったのです。それを何度も電話して
口説き落として、やっと見積もりだけは作っていただきました。しかし仕事が立て込んでいるからと、
中々製作に掛かっていただけなくて。そこでクライアント自ら出向いて「口説いてきてください」と
私から指令を出したのでした。今回のクライアントは、本当に素晴らしい青年で、真っ直ぐな
心と正直な気持ちがあれば、絶対に良い建具を作ってもらえるだろうと、私は踏んでいたのです。
つまりクライアントご家族だからこそ、きっと「良い家」が出来上がるだろうと最初から自信があった
のでした。私は「勘」だけは自信があるんです。自分は駄目なんですけどね(笑)
西谷建具さんは根拠も無く、絶対に良い仕事をしている人だと感じました。
よくあるHPの作例なんて、そんなものなんにも頼りになりません。本当です。
私も昔は作例写真をバンバン載せた重たいサイトを作っていましたが、止めました。


※サムネイルクリックで拡大します。
こんな作業をやりながら現場には月に1回くらいの頻度で管理に伺いました。
一番最初に現場の大工との密な打合せ、鉄窓の製作先の一創さんとの採寸や打ち合わせの
御蔭で不安な気持ちが一編に軽くなったのを昨日のことのように思い出します。
それまで工務店の社長さんは、なぜか「建築家」を敵対視しているような感じでしたね。
ですが、職人さんたちが私に打ち解けて信頼して会話をしている様子を見て、これは従わないと、
自分の方が職人たちに嫌われるとでも感じたかのようでした。
私は元々、高圧的な態度も採りませんし、大勢の建築に関わる、まして自分の設計した
「子供のような」現場に関わっていただける皆さんは、十年来の友人のように接しています。
正直、建築家の設計の現場は「面倒」、思っていた以上に「手間」が掛かるなど、
もう必須って感じです。中には仕事を下りてしまうような方もいらっしゃいます。
現場も内部に工事が進んでくると、キッチンや洗面台の設計図も書かなければなりません。
実際に取り付ける換気扇なども施工図を取り寄せ、ちゃんと天井に収まるかなど、再度チェックを
行って、現場に取り付け位置の指示を「直接」出します。もう工務店の管理者は必要ないです。
私の場合。
設計図をちゃんと見て、それを読み取ってくれるか等、いちいち気にしていたら時間が
もったいないです。越権行為にならないように配慮しながら、どんどん正確に伝えていきます。

※サムネイルクリックで拡大します。
実際に工事が始まってからも変更に対応したり、未定だった仕上げ材料や収まりについて、
図面化したり、細かく現場に指示を出して行きます。面白いもので現場の大工も
二人いれば「出来る」と言ったり「出来ない」と言ったりします。これは、仕事が面倒、
つまり下請けを取った「親方」にとって見れば、そんな面倒な事をやったら人件費が掛かって、
請負い金額が合わないよって事なんです。これは施主には責任の無いことです。
だから建築家の設計は工務店には嫌われるんです。工務店さんは革新的な工法や、
高級建材を売りにして仕事をされている会社が多いです。実にクラフツマンシップに富んだ
芸の細かい「納まり」を売りにしているところも有りますが、これは本当に少なくなりました。
やはり「伝わらない」からだと思います。
一生懸命に作っても施主に評価されないのでは、これは実に馬鹿馬鹿しいことですからね。
喜んでもらえることを、きちんと行う。それが施工者の第一命題でありますから。
今の時代、それが当たり前になってしまったのかもしれません。少し残念です。

更地

上棟

鎧張り 出隅の納まりや釘打ちの指示

天井は構造表し

木製建具 突出し窓 金物の選定では苦労しました。

鉄窓 黒皮と呼ばれる鋼鉄製です。既に錆が出ていますが、コールテン鋼といって
一旦安定してしまえば中まで錆びないんです。華奢なラインが、堪りませんな。

段板は高級建材の「オーク(楢)」です。家中オークです。金掛かった(笑)

静岡で購入して大津に送りました。これ100年以上前のドアですが、まったく「垂直」に
なっていなくて、木工所で加工してもらいました。錠前もハンドルもドア厚に合うものが
無くて、もうろうとしながら探したのを、きっと一生忘れませんね(笑)

鎧張りとの取り合いも現場で考えないことには上手くいきません。
一創さんの御蔭で正確に、しかも防水も考慮して施工できました。

外壁は杉板貼りです。窓枠は松で作ってあるので、現時点では色の違いが
アクセントになっていますね。1年もしないうちに外壁は灰色になるでしょう。
シロアリの薬は塗布しますが、杉板にペンキなどは塗りません。昔ながらの作りです。
最初に載せた水彩のパースの雰囲気が残っていると思いますが、いかがですか?
もうじき、この現場も竣工を迎えます。一番最初にクライアントと出会ってから1年半以上が
経とうとしています。私にとってクライアントご家族は、もう親戚みたいなものです。
こうやって普段から仕事をしているので大量には設計が出来ません。また多少
「暑苦しい」性格もあったりして、施主の方には向き不向きがあると思います。
それでも折角建てるんだからと、お考えの方は一度お問合せをいただけると良いと
思っています。決して無駄な時間にはならないと思っています。
私のような愚鈍で能力の低いものが、なにか良く分からない「想い」のような
ものを「カタチ」にする、お手伝いを任せていただけるなんて、それだけで生きていて
良かったと、腹の底から思います。
竣工写真は、クライアントご家族と一緒に撮って、必ずアップします。
もう間もなくです!!
2016年11月29日
花
実に久しぶりにデスクに花を置きました。
とても大切ですね。私にとっては。
部屋に花が無いって状態は人の心を失いかけている
証拠なんです。私の場合は。
イライラなんでしょうか。焦りですね。気持ちにゆとりが
持てない状態です。
そばで花が咲いていてくれると、優しくなれる気がします。
明日から少しは、マシな仕事が出来るかもしれません。
期待したいです。

とても大切ですね。私にとっては。
部屋に花が無いって状態は人の心を失いかけている
証拠なんです。私の場合は。
イライラなんでしょうか。焦りですね。気持ちにゆとりが
持てない状態です。
そばで花が咲いていてくれると、優しくなれる気がします。
明日から少しは、マシな仕事が出来るかもしれません。
期待したいです。

2016年11月26日
2016年11月25日
あやふやな日本語
子供に「妙な事」聞かれることってありますよね。
昨日クライアントから「スティールサッシ」と「鉄窓」って
違うものですか?と尋ねられたんです。
私は一瞬だけ「ん?なに言ってんの?!一緒に決まってんじゃん!!」と
なったのですが、ああ、確かに言われてみればっていうか、知らなきゃ
単純に「?」と思うよなと思ったと。
で、そう思うと、結構普段から「分かった風に」使っている言葉があるよね
って思い出してですね。
うちの長女が「教養」というか「常識」が、もう半端なく「低い」んですよ。
泣けるほど。
親としては「大丈夫か?!」となるくらい心配になります。
流石の家内も娘には勝ってしまうという...
で、「スティール」と「鉄」、つまり「アイアン」の違いですね。
どっちも日本語では「鉄」と訳すというか、「受け取って」ますよね。確かに。
私は、もちろん知っているので使い分けていますが。
「スティール」は鋼材のことを指して言います。「アイアン」は、まんま「鉄」の
ことを言います。つまり「アイアン」を加工して、作ったものが「スティール」
ですね。化学記号では「Fe」と書きますよね。
みんな中学生で習います。私は「何でFe?」となったのを良く覚えています。
英語じゃないんだ?!ですよ(笑)
そうです。化学記号は省略ですが、この物質の名称は、ほとんど昔の
ラテン語かギリシャ語で付けられています。生物の名前も同じですよ。
つまり古典のラテン語で鉄を「Ferrum」って言うのですが、その省略記号が
Feな訳です。時々フランス語だと誤った記事を見かけますが、フランス語では
「Fer(フェール)」と言いますね。随分と知識人ぶっていますが、私は
フランス語なんて全く知りません。
話は戻りますが、「スティールサッシ」と「鉄窓」は全く同じ意味です。
ですが、鉄窓は「もろに鉄」を使っていて、スティールサッシは、なにかしら
小奇麗に製品化されているものを意味しているかのように捉えている方も
結構いるんじゃないかと、改めて思った次第です。
だとすると鉄窓とスティールサッシは「別物」として存在するかのような誤解も
生まれるのではないかと。
ただ、鉄窓に使う鉄は当然「純鉄」ではありません。純鉄は、ガムのように
グニャグニャで、とても「カタチ」を作れる代物ではありません。
我々が一般的に目にすることが出来る「鉄」は、アイアンではなく「スティール」
なのです。鉄鋼の分類としては炭素の含有量で分けていたりします。
ここは建築の専門分野ですね。やめます(笑)
ジュースって言いますよね。あれも、アメリカ人に呆れられたことがあります。
アメリカでは正確に飲料の(ジュースの)成分で名称を使い分けています。
エイドだとかって。
日本は、ちゃんとあるにも関わらず結構ごちゃごちゃにして使ってますね、名前を。
アイロンって...
ご存知の方も多いと思いますが、アイロンは正確には「アイアン」って言いますよ。
もう滅茶苦茶ですよね。
これなんですか?って尋ねたら「This is an Iron.」って答えたのに、
Iron(アイアン)をアイロンと読んでしまったという悲劇。
でも考えてみりゃ、アメリカ人だって物質の名称を、そのまま器具の名前に
してしまったんだし。
言葉ってのは年月を経て変化してゆくものなんだなぁって、しみじみ思った次第です。
昨日クライアントから「スティールサッシ」と「鉄窓」って
違うものですか?と尋ねられたんです。
私は一瞬だけ「ん?なに言ってんの?!一緒に決まってんじゃん!!」と
なったのですが、ああ、確かに言われてみればっていうか、知らなきゃ
単純に「?」と思うよなと思ったと。
で、そう思うと、結構普段から「分かった風に」使っている言葉があるよね
って思い出してですね。
うちの長女が「教養」というか「常識」が、もう半端なく「低い」んですよ。
泣けるほど。
親としては「大丈夫か?!」となるくらい心配になります。
流石の家内も娘には勝ってしまうという...
で、「スティール」と「鉄」、つまり「アイアン」の違いですね。
どっちも日本語では「鉄」と訳すというか、「受け取って」ますよね。確かに。
私は、もちろん知っているので使い分けていますが。
「スティール」は鋼材のことを指して言います。「アイアン」は、まんま「鉄」の
ことを言います。つまり「アイアン」を加工して、作ったものが「スティール」
ですね。化学記号では「Fe」と書きますよね。
みんな中学生で習います。私は「何でFe?」となったのを良く覚えています。
英語じゃないんだ?!ですよ(笑)
そうです。化学記号は省略ですが、この物質の名称は、ほとんど昔の
ラテン語かギリシャ語で付けられています。生物の名前も同じですよ。
つまり古典のラテン語で鉄を「Ferrum」って言うのですが、その省略記号が
Feな訳です。時々フランス語だと誤った記事を見かけますが、フランス語では
「Fer(フェール)」と言いますね。随分と知識人ぶっていますが、私は
フランス語なんて全く知りません。
話は戻りますが、「スティールサッシ」と「鉄窓」は全く同じ意味です。
ですが、鉄窓は「もろに鉄」を使っていて、スティールサッシは、なにかしら
小奇麗に製品化されているものを意味しているかのように捉えている方も
結構いるんじゃないかと、改めて思った次第です。
だとすると鉄窓とスティールサッシは「別物」として存在するかのような誤解も
生まれるのではないかと。
ただ、鉄窓に使う鉄は当然「純鉄」ではありません。純鉄は、ガムのように
グニャグニャで、とても「カタチ」を作れる代物ではありません。
我々が一般的に目にすることが出来る「鉄」は、アイアンではなく「スティール」
なのです。鉄鋼の分類としては炭素の含有量で分けていたりします。
ここは建築の専門分野ですね。やめます(笑)
ジュースって言いますよね。あれも、アメリカ人に呆れられたことがあります。
アメリカでは正確に飲料の(ジュースの)成分で名称を使い分けています。
エイドだとかって。
日本は、ちゃんとあるにも関わらず結構ごちゃごちゃにして使ってますね、名前を。
アイロンって...
ご存知の方も多いと思いますが、アイロンは正確には「アイアン」って言いますよ。
もう滅茶苦茶ですよね。
これなんですか?って尋ねたら「This is an Iron.」って答えたのに、
Iron(アイアン)をアイロンと読んでしまったという悲劇。
でも考えてみりゃ、アメリカ人だって物質の名称を、そのまま器具の名前に
してしまったんだし。
言葉ってのは年月を経て変化してゆくものなんだなぁって、しみじみ思った次第です。
2016年11月24日
錆 品質
琵琶湖の現場も佳境に突入です。
月曜日に沢山写真を送ってもらいました。
安心しています。
でもそれは、どうやら私だけのようでして(笑)
これからプラスターボードの上には、漆喰調の塗装が施されます。
天井は杉で出来た構造が剥き出しです。昔の「小屋」みたいです。
このプロジェクトが始まる、ずっと前から長野県の信濃町、野尻湖の
築100年超えの別荘の改修工事に取り掛かっており、
その「掘っ立て小屋」と「福生の米軍ハウス」をミックスさせたような、
レトロで新しい、洋風で和風な不思議な建築をデザインのモチーフに
して設計をしました。
送られてきた画像は、それらが「ばっちり」「どんずば」余すところ無く
表現されていたので、安心したのです。
ですが。
施主は、「顔」である鉄窓の「さび」に狼狽して電話をかけてきました。
そうです「錆びている」と驚いて電話をしてきたのです。
ここが設計の難しいところです。
ちなみに「鉄窓」を入れようと言い出したのは施主の方です。
私も「凄いもの」を知っているな!!と感動しました。私は鉄窓の
大ファンですし、実施経験もありますので。
当然、鉄で出来た窓ですから、錆錆、ボロボロ、かっちかちになりますと、
何度も忠告した訳ですな。それでも、あの雰囲気に憧れて、採用したいと、
力強く仰られたので、それでは採用しましょう!となったのです。
窓は確かに大型ですが、1箇所でも何十万円と、1軒分のアルミサッシが
買えてしまいそうなほど高価な制作費でした。
物凄い存在感で、この窓が、この家の全てを語ると言っても過言では
ないほどです。その「お宝」の窓に早速「錆」が浮いていたことに慌てた
ということですね。
こんなに早く、それも錆だらけに!!と言ってました。
私は、そりゃそうですよ。と、けんもほろろに(笑)
ペンキも塗っていない、地金の鉄です。雨にあたらなくても空気中の
水分だけでも錆びます。
こんなに早く錆びてしまって大丈夫なのか?と聞かれたので、大丈夫じゃ
無いと答えました。ですから一般的には、ペンキを塗るんです。
ですが、アルミの方が酸化には弱いです。私は「そこら辺のおっさん」では
ありますが、そこら辺のオッサンが考えたり、言ったりするような感覚では、
やはり物を申しません。建築家なので。
ちなみに鉄は表面が錆びても、ある程度で錆が止まります。鉄の内部まで
錆が進行して完全に腐食してしまうには、物凄い時間が掛かります。
木製建具やアルミサッシも「無塗装」なら大して変わりない「手間」を求め
られます。アルミサッシは全部「塗装品」だということを皆さん忘れています。
クライアントは「経年劣化」する家が欲しいと第一に言われました。
自分が年をとるのと同じように「やれて」行く、自然な家が欲しいと言われました。
その経年劣化の様子を楽しみ、またそれを「慈しみ」、愛することの出来る
家に「どうしても」したいと懇願されました。
そのために遠方の静岡に住んでいる私に設計の依頼を出されたのです。
本気だと思いました。
ですが、40歳前のお若い方。写真や雑誌などでは知っていても、本当の
姿や「本当の苦労」を味わった訳ではありません。
思い込みが真実と「ずれ」ていた場合。これは、言ってみれば「自業自得」と
しか言いようが無いのです。
ですが、クライアントは「覚悟」のあるかたでした。
私が他のデザイナーや工務店、アイアンアーティストのブログやコラムを
紹介して、それをお読みいただくと完璧に腑に落ちたと返礼が届きました。
建築は「カタチ」が無いものを想像するところから始まります。
当然、思っていたのと違うなんて事ばかりになる可能性を多分に秘めております。
私も若い時期がありました。これでも結構「実直」なので、クライアントからの
クレームを額面どおりに受け取って酷く落ち込んだこともあります。
この年になって、まだまだ勉強中ですが、それでも「きっとこうだろうな」という
「落とし所」を知ったのも事実です。だから手加減も出来るようになりました。
それでも「琵琶湖の家」は相当に本気でやりました。
施主が泣くだろうと想像も出来ました。でも。彼は中途半端なものが出来上がった時、
錆が浮いたどころの騒ぎで無いほどに、竣工した建物にクレームを付けただろうと
想像したのです。
そのくらい本気でコンセプトを貫いた建築になっています。
勝手な言い草かもしれませんが「気分が良い」です。
こんなに本気で作りこみが出来るチャンスは滅多に巡ってきません。
本当に良い仕事をさせて頂きました。心から感謝しています。
この1年半は気が狂いそうになった時期もありましたが、それでもクリエーター
としては幸せな1年半だったと思います。
品質。それは求められた性能を「どれくらい」持っているかという目安。
求めたものが「錆」なのだから、コールテン鋼、SS400は最高に高品質だったという
ことなのである。

月曜日に沢山写真を送ってもらいました。
安心しています。
でもそれは、どうやら私だけのようでして(笑)
これからプラスターボードの上には、漆喰調の塗装が施されます。
天井は杉で出来た構造が剥き出しです。昔の「小屋」みたいです。
このプロジェクトが始まる、ずっと前から長野県の信濃町、野尻湖の
築100年超えの別荘の改修工事に取り掛かっており、
その「掘っ立て小屋」と「福生の米軍ハウス」をミックスさせたような、
レトロで新しい、洋風で和風な不思議な建築をデザインのモチーフに
して設計をしました。
送られてきた画像は、それらが「ばっちり」「どんずば」余すところ無く
表現されていたので、安心したのです。
ですが。
施主は、「顔」である鉄窓の「さび」に狼狽して電話をかけてきました。
そうです「錆びている」と驚いて電話をしてきたのです。
ここが設計の難しいところです。
ちなみに「鉄窓」を入れようと言い出したのは施主の方です。
私も「凄いもの」を知っているな!!と感動しました。私は鉄窓の
大ファンですし、実施経験もありますので。
当然、鉄で出来た窓ですから、錆錆、ボロボロ、かっちかちになりますと、
何度も忠告した訳ですな。それでも、あの雰囲気に憧れて、採用したいと、
力強く仰られたので、それでは採用しましょう!となったのです。
窓は確かに大型ですが、1箇所でも何十万円と、1軒分のアルミサッシが
買えてしまいそうなほど高価な制作費でした。
物凄い存在感で、この窓が、この家の全てを語ると言っても過言では
ないほどです。その「お宝」の窓に早速「錆」が浮いていたことに慌てた
ということですね。
こんなに早く、それも錆だらけに!!と言ってました。
私は、そりゃそうですよ。と、けんもほろろに(笑)
ペンキも塗っていない、地金の鉄です。雨にあたらなくても空気中の
水分だけでも錆びます。
こんなに早く錆びてしまって大丈夫なのか?と聞かれたので、大丈夫じゃ
無いと答えました。ですから一般的には、ペンキを塗るんです。
ですが、アルミの方が酸化には弱いです。私は「そこら辺のおっさん」では
ありますが、そこら辺のオッサンが考えたり、言ったりするような感覚では、
やはり物を申しません。建築家なので。
ちなみに鉄は表面が錆びても、ある程度で錆が止まります。鉄の内部まで
錆が進行して完全に腐食してしまうには、物凄い時間が掛かります。
木製建具やアルミサッシも「無塗装」なら大して変わりない「手間」を求め
られます。アルミサッシは全部「塗装品」だということを皆さん忘れています。
クライアントは「経年劣化」する家が欲しいと第一に言われました。
自分が年をとるのと同じように「やれて」行く、自然な家が欲しいと言われました。
その経年劣化の様子を楽しみ、またそれを「慈しみ」、愛することの出来る
家に「どうしても」したいと懇願されました。
そのために遠方の静岡に住んでいる私に設計の依頼を出されたのです。
本気だと思いました。
ですが、40歳前のお若い方。写真や雑誌などでは知っていても、本当の
姿や「本当の苦労」を味わった訳ではありません。
思い込みが真実と「ずれ」ていた場合。これは、言ってみれば「自業自得」と
しか言いようが無いのです。
ですが、クライアントは「覚悟」のあるかたでした。
私が他のデザイナーや工務店、アイアンアーティストのブログやコラムを
紹介して、それをお読みいただくと完璧に腑に落ちたと返礼が届きました。
建築は「カタチ」が無いものを想像するところから始まります。
当然、思っていたのと違うなんて事ばかりになる可能性を多分に秘めております。
私も若い時期がありました。これでも結構「実直」なので、クライアントからの
クレームを額面どおりに受け取って酷く落ち込んだこともあります。
この年になって、まだまだ勉強中ですが、それでも「きっとこうだろうな」という
「落とし所」を知ったのも事実です。だから手加減も出来るようになりました。
それでも「琵琶湖の家」は相当に本気でやりました。
施主が泣くだろうと想像も出来ました。でも。彼は中途半端なものが出来上がった時、
錆が浮いたどころの騒ぎで無いほどに、竣工した建物にクレームを付けただろうと
想像したのです。
そのくらい本気でコンセプトを貫いた建築になっています。
勝手な言い草かもしれませんが「気分が良い」です。
こんなに本気で作りこみが出来るチャンスは滅多に巡ってきません。
本当に良い仕事をさせて頂きました。心から感謝しています。
この1年半は気が狂いそうになった時期もありましたが、それでもクリエーター
としては幸せな1年半だったと思います。
品質。それは求められた性能を「どれくらい」持っているかという目安。
求めたものが「錆」なのだから、コールテン鋼、SS400は最高に高品質だったという
ことなのである。

2016年11月23日
冬になったようですね
寒い一日でしたね。どうお過ごしでしたか?
私は今年最後の森のイベントを無事に終えて、ホッとしています。
丁度1ヵ月後はクリスマスイブですよね。森でクリスマスリースを
作ったんです。蔓は家の裏にあったのを採って。飾りは森の中で
見つけたものを付けました。皆さんは山で自分で採った蔓を使って
作っている方も多くいらっしゃいました。
ヤシャブシの実
野葡萄
スイカズラの実
ツルリンドウの実
モミの木は無かったのですが、イチイ(アララギ)が有ったので、
ちょこっとだけ付けました。
末娘と一緒に作りました。幸せでした。
みんなの様子を見ていると、一心に集中して作っている人も居れば、
早々と飽きて遊びに興じる方もいます。面白いですね。
みんな工夫を凝らして作るんです。
性格が出ますね、ああいったものには。
中には「オール熊笹」で作った方、みかんと熊笹をつけて、まるで
正月飾りのようなリースを作った子供も居ました。良いですね。
物凄く寒い一日でしたが、心は温まりました。

私は今年最後の森のイベントを無事に終えて、ホッとしています。
丁度1ヵ月後はクリスマスイブですよね。森でクリスマスリースを
作ったんです。蔓は家の裏にあったのを採って。飾りは森の中で
見つけたものを付けました。皆さんは山で自分で採った蔓を使って
作っている方も多くいらっしゃいました。
ヤシャブシの実
野葡萄
スイカズラの実
ツルリンドウの実
モミの木は無かったのですが、イチイ(アララギ)が有ったので、
ちょこっとだけ付けました。
末娘と一緒に作りました。幸せでした。
みんなの様子を見ていると、一心に集中して作っている人も居れば、
早々と飽きて遊びに興じる方もいます。面白いですね。
みんな工夫を凝らして作るんです。
性格が出ますね、ああいったものには。
中には「オール熊笹」で作った方、みかんと熊笹をつけて、まるで
正月飾りのようなリースを作った子供も居ました。良いですね。
物凄く寒い一日でしたが、心は温まりました。

2016年11月22日
森に公園を作った理由
明日は「おばけの森」のイベントです。
今から4年前。仲間と一緒に森を切り開きました。
友人の所有する山です。友人は私の提案を快く
受け入れてくれました。自然と賛同してくれる友達が
集まりました。嬉しかったです。
皆が、ひとつの方向に向かって心をひとつにしたのが
嬉しかったのです。最初は私の子供に「友達」を作って
あげたくて、山に公園があったら良いなと思ったんです。
そうすれば町から大勢の子供連れが、やってきて、
「こちらから」町に出かけて行かなくても、向こうからやってくる。
それは、利便性の問題じゃなくて、もっと大切な事を
子供に「持たせて」上げたかったんです。
それは「自尊心」です。
山には何もない、つまらない所だと、思い込むことで、
自分の境遇を卑下してしまうことを一番恐れていました。
街には何でも有ります。もちろん公園も。マックにサーティーワン。
子供が大好きなものは少し移動すれば、全て手に入ります。
山には自然が、いっぱいありますが、マックもコンビにも
ありません。大人の感性や身勝手な価値観を我が子に
押し付けるような事は私は絶対にしません。
山に越してきてからも、街中の公園に行きたければ、頻繁に
連れて行きましたし、マックに行きたければ連れて行きました。
山に住んでいる「意味」など全くなかったと思います。
そういった毎日を繰り返すと、当然「こんな田舎なんて」と
子供たちは考えるようになるでしょう。
多くの山を離れて都会で暮らすようになっていった人たちも
全く同じ考えだと思います。働いて生活をするには、利便性は
大切なファクターです。
でも私は山の素晴らしさを知って欲しかったので、その機会を
子供だけでなく、地元の知人にも改めて知って欲しかったんです。
派手な観光施設やレストランや温泉がなくても、街中に住んでいる
人たちが、田舎に住む人たち、田舎を「素敵な」所だと感じることが
出来ると思ったからです。
だから私は「田舎の活性化」などという大それた理由で公園を
作ろうと言いはじめた訳ではないのです。
一緒に働いて、一緒に飯を食う。子育てや仕事の「愚痴」を
語り合う、素敵な出来事を語り合う「時間」と「場所」を提供する
ことで、田舎の人たちの「純粋さ」に自然と魅かれて、こんな山の
中にでも頻繁に人がやってくる、真の友人が出来るんじゃないかと
考えて提案したのでした。
上手く行った。だから嬉しかったんです。
でも、どうやら、その役目を「おばけの森」は終わろうとしている
のかもしれません。やはり皆は「刺激」が、あった方が良いのかも
しれません。我が子も大きくなり、恒に「しらけ」のようなものが
付きまといます。いずれ歳を取ったときに私の「思い」が分かる時が
やってくるのかもしれませんが、今しばらくは誰もが通る道を
行くのかもしれません。
ブログ記事に「ディズニーランド」に行ってきました。「○○のキャラクター」
のお土産ですなど、アップされている方の記事を結構目にします。
素敵な思い出が子供にも親にも残るんだと思います。羨ましいです。
当然、我が子達も「憧れ」ます。私は子供をディズニーランドに一度も
連れて行ったことが有りません。世の中に、そんな親が、一人くらい
居ても良いと思います(笑)
子供たちは働くようになって、自分で自由にお金を使えるようになって、
行きたければ、勝手に行けば良いと思っています。
キャンプに行く方は結構多い人口です。しかし、山に公園を作って
みんなで遊ぼうって、馬鹿は、滅多に居ないでしょう。
私も馬鹿になりきって夢中でやってきました。でも「後進」が育ちません
でした。お金を払って、そのときだけ協力してくれる参加者の皆さんは、
やはり、たまにディズニーランドに行くのと同じ気分で山にやってくる
んだと、最近「諦め」が付きました。もしかしたら妄想だったのかもしれません。
もう来年は、イベントも無いかもしれません。
最後の機会になるかもしれませんから、「一度くらい」と思っていた方は、
明日、尋ねてきてみてください。本当に「何にも」ない所です。
皆さんがいなければ、そこは「ただの森」なんです。





今から4年前。仲間と一緒に森を切り開きました。
友人の所有する山です。友人は私の提案を快く
受け入れてくれました。自然と賛同してくれる友達が
集まりました。嬉しかったです。
皆が、ひとつの方向に向かって心をひとつにしたのが
嬉しかったのです。最初は私の子供に「友達」を作って
あげたくて、山に公園があったら良いなと思ったんです。
そうすれば町から大勢の子供連れが、やってきて、
「こちらから」町に出かけて行かなくても、向こうからやってくる。
それは、利便性の問題じゃなくて、もっと大切な事を
子供に「持たせて」上げたかったんです。
それは「自尊心」です。
山には何もない、つまらない所だと、思い込むことで、
自分の境遇を卑下してしまうことを一番恐れていました。
街には何でも有ります。もちろん公園も。マックにサーティーワン。
子供が大好きなものは少し移動すれば、全て手に入ります。
山には自然が、いっぱいありますが、マックもコンビにも
ありません。大人の感性や身勝手な価値観を我が子に
押し付けるような事は私は絶対にしません。
山に越してきてからも、街中の公園に行きたければ、頻繁に
連れて行きましたし、マックに行きたければ連れて行きました。
山に住んでいる「意味」など全くなかったと思います。
そういった毎日を繰り返すと、当然「こんな田舎なんて」と
子供たちは考えるようになるでしょう。
多くの山を離れて都会で暮らすようになっていった人たちも
全く同じ考えだと思います。働いて生活をするには、利便性は
大切なファクターです。
でも私は山の素晴らしさを知って欲しかったので、その機会を
子供だけでなく、地元の知人にも改めて知って欲しかったんです。
派手な観光施設やレストランや温泉がなくても、街中に住んでいる
人たちが、田舎に住む人たち、田舎を「素敵な」所だと感じることが
出来ると思ったからです。
だから私は「田舎の活性化」などという大それた理由で公園を
作ろうと言いはじめた訳ではないのです。
一緒に働いて、一緒に飯を食う。子育てや仕事の「愚痴」を
語り合う、素敵な出来事を語り合う「時間」と「場所」を提供する
ことで、田舎の人たちの「純粋さ」に自然と魅かれて、こんな山の
中にでも頻繁に人がやってくる、真の友人が出来るんじゃないかと
考えて提案したのでした。
上手く行った。だから嬉しかったんです。
でも、どうやら、その役目を「おばけの森」は終わろうとしている
のかもしれません。やはり皆は「刺激」が、あった方が良いのかも
しれません。我が子も大きくなり、恒に「しらけ」のようなものが
付きまといます。いずれ歳を取ったときに私の「思い」が分かる時が
やってくるのかもしれませんが、今しばらくは誰もが通る道を
行くのかもしれません。
ブログ記事に「ディズニーランド」に行ってきました。「○○のキャラクター」
のお土産ですなど、アップされている方の記事を結構目にします。
素敵な思い出が子供にも親にも残るんだと思います。羨ましいです。
当然、我が子達も「憧れ」ます。私は子供をディズニーランドに一度も
連れて行ったことが有りません。世の中に、そんな親が、一人くらい
居ても良いと思います(笑)
子供たちは働くようになって、自分で自由にお金を使えるようになって、
行きたければ、勝手に行けば良いと思っています。
キャンプに行く方は結構多い人口です。しかし、山に公園を作って
みんなで遊ぼうって、馬鹿は、滅多に居ないでしょう。
私も馬鹿になりきって夢中でやってきました。でも「後進」が育ちません
でした。お金を払って、そのときだけ協力してくれる参加者の皆さんは、
やはり、たまにディズニーランドに行くのと同じ気分で山にやってくる
んだと、最近「諦め」が付きました。もしかしたら妄想だったのかもしれません。
もう来年は、イベントも無いかもしれません。
最後の機会になるかもしれませんから、「一度くらい」と思っていた方は、
明日、尋ねてきてみてください。本当に「何にも」ない所です。
皆さんがいなければ、そこは「ただの森」なんです。





2016年11月21日
おばけの森 告知です
23日(祝)は、おばけの森でイベントがあります。
今回は少しだけ「遊歩道の整備」のお手伝いをお願いします。
その後、山の中を歩いて「つる」を探します。
クリスマスリースを作るためです。落ち葉や木の実などを
拾い集めて、自分だけのオリジナルなリースを作ってみましょう!
お問合せお待ちしています!!
090-6088-5212 本多

今回は少しだけ「遊歩道の整備」のお手伝いをお願いします。
その後、山の中を歩いて「つる」を探します。
クリスマスリースを作るためです。落ち葉や木の実などを
拾い集めて、自分だけのオリジナルなリースを作ってみましょう!
お問合せお待ちしています!!
090-6088-5212 本多

2016年11月20日
住宅
私は持ち家じゃないです。
結構、意外だと言われます。建築家なのに自己所有の家を
持っていないの?!って感じで。
一番の理由は「貧乏」だからです。設計の仕事は全く儲かりません。
それで、これでも「いっぱしの建築家気取り」なので、もしも
自分の設計で家を建てるなら、なんて考えたこともありますが、
本気でっていうか、真剣になれないんですよね。時々書きますが。
もしも自分の理想の家を建てようとなったら、正直、相当にお金も
掛かりそうなので、中途半端な家は持ちたくないからっていう理由で、
今に至っております。それでも借家住まいは気を使いますし、
アパートでは狭くて我が家の場合、居住は無理ですよね。
人の家を毎日のように設計している訳なのですが。
私は設計に時間が掛かると公に言っています。のろいと言われても
構いません。どうしても自分と重ねてしまうんです。
設計屋なんて星の数ほどいるんです。その中から「わざわざ」
私を選んでいただくのです。これは「運命」だと思ってます。ホントに。
だから「自分だったら」って気持ちが強く働いて、中々前に進めないんです。
「何か出来るんじゃないか?」ですね。
他の方法や予算組み。もう根本的に「それって必要か?」ってとこまで、
戻ったりします。そりゃ予算が潤沢で、敷地も「だだっ広い」ってんなら、
サクサクスイスイ設計なんて出来ますよ。直ぐ終わります。
でも。
私は53歳になりました。正直、若い頃の住宅に関する考え方と今では、
ちょっと「違い」が出てきました。見るからに「カッコイイ」ってものよりも、
「自然で素敵」ってのが、カッコイイと思うようになりました。
生きて生活しているんですから、散らかったり、雑然としたりするのは
当たり前のこと。自然な事なのです。
生活感が出ている空間の方が、その家の住人を「表している」ということです。
家が家人を語るのではなく、空間が家人を語るとでも言いましょうかね。
暮らし方ですね。
私が、いくら工夫して、または、カッコの良い空間や外観を設計しても、
家人が「その後」買ってくる家具や、「ちらけ方」でコンセプトは崩れます。
だから、その家に住む人が自然体でいられて、それが「まとまっている」ように
見える空間を作ることが自分の仕事だと考えるようになりました。
従って、最近では「当たり前」のように要求されるようになった
「パントリー」だとか「シューズクローク」、「家事室」など、一昔前には
「贅沢」または「発想すらなかった」ものについて、どのくらいの重要性が
計画にあるのか、老婆心ながら考えてしまうのです。
だから自分で、その空間で家事をしてみるんです。つまり「生活」してみる
訳ですよ。妄想ですね(笑)それで施主が自分の息子だったり娘だったり、
または夫だったり妻だったりしながら、相手を思い遣ってみるんです。
すると計画の妥当性が、はっきりとしてくるんですよ。
時間かかる訳だわ(笑)
私は裕福じゃないっていうより貧乏です。なので、お金の「ありがたみ」って
いうより「はかなさ」を良く知っているつもりです。
お金なんて直ぐに無くなっちゃいますよね。
だから庶民の住宅を設計するときに、これからのローンの返済の苦労や、
住んでからの不具合なんかを心配してしまうんです。
よく「旅の恥は掻き捨て」って言いますよね。あんまし言わないか(笑)
まぁ恥って言うのは「汚して帰る」ってことではないです。つまり
「金に物を言わせて傍若無人な振る舞い」をするってことですよね。
折角旅行に着たんだから美味いものを腹いっぱい食って、飲んでと。
みっともないってことですよね。
笑っているのは観光地の商店主や旅館の女将ですね。
せっかく家を作るんだから、一生に一度のことだから、あとからでは出来ない
のだから。これは確かに事実なんです。
でも笑っているのは住宅屋の営業とカーテン、家具屋の社長だけですね。
でも分かるんです。
作ってあげたい。
思ったようにしてあげたい。
でっかい笑顔を作ってあげたい。
それは兎にも角にも、私が「家族」にしてあげたいことと全く同じことなのです。

結構、意外だと言われます。建築家なのに自己所有の家を
持っていないの?!って感じで。
一番の理由は「貧乏」だからです。設計の仕事は全く儲かりません。
それで、これでも「いっぱしの建築家気取り」なので、もしも
自分の設計で家を建てるなら、なんて考えたこともありますが、
本気でっていうか、真剣になれないんですよね。時々書きますが。
もしも自分の理想の家を建てようとなったら、正直、相当にお金も
掛かりそうなので、中途半端な家は持ちたくないからっていう理由で、
今に至っております。それでも借家住まいは気を使いますし、
アパートでは狭くて我が家の場合、居住は無理ですよね。
人の家を毎日のように設計している訳なのですが。
私は設計に時間が掛かると公に言っています。のろいと言われても
構いません。どうしても自分と重ねてしまうんです。
設計屋なんて星の数ほどいるんです。その中から「わざわざ」
私を選んでいただくのです。これは「運命」だと思ってます。ホントに。
だから「自分だったら」って気持ちが強く働いて、中々前に進めないんです。
「何か出来るんじゃないか?」ですね。
他の方法や予算組み。もう根本的に「それって必要か?」ってとこまで、
戻ったりします。そりゃ予算が潤沢で、敷地も「だだっ広い」ってんなら、
サクサクスイスイ設計なんて出来ますよ。直ぐ終わります。
でも。
私は53歳になりました。正直、若い頃の住宅に関する考え方と今では、
ちょっと「違い」が出てきました。見るからに「カッコイイ」ってものよりも、
「自然で素敵」ってのが、カッコイイと思うようになりました。
生きて生活しているんですから、散らかったり、雑然としたりするのは
当たり前のこと。自然な事なのです。
生活感が出ている空間の方が、その家の住人を「表している」ということです。
家が家人を語るのではなく、空間が家人を語るとでも言いましょうかね。
暮らし方ですね。
私が、いくら工夫して、または、カッコの良い空間や外観を設計しても、
家人が「その後」買ってくる家具や、「ちらけ方」でコンセプトは崩れます。
だから、その家に住む人が自然体でいられて、それが「まとまっている」ように
見える空間を作ることが自分の仕事だと考えるようになりました。
従って、最近では「当たり前」のように要求されるようになった
「パントリー」だとか「シューズクローク」、「家事室」など、一昔前には
「贅沢」または「発想すらなかった」ものについて、どのくらいの重要性が
計画にあるのか、老婆心ながら考えてしまうのです。
だから自分で、その空間で家事をしてみるんです。つまり「生活」してみる
訳ですよ。妄想ですね(笑)それで施主が自分の息子だったり娘だったり、
または夫だったり妻だったりしながら、相手を思い遣ってみるんです。
すると計画の妥当性が、はっきりとしてくるんですよ。
時間かかる訳だわ(笑)
私は裕福じゃないっていうより貧乏です。なので、お金の「ありがたみ」って
いうより「はかなさ」を良く知っているつもりです。
お金なんて直ぐに無くなっちゃいますよね。
だから庶民の住宅を設計するときに、これからのローンの返済の苦労や、
住んでからの不具合なんかを心配してしまうんです。
よく「旅の恥は掻き捨て」って言いますよね。あんまし言わないか(笑)
まぁ恥って言うのは「汚して帰る」ってことではないです。つまり
「金に物を言わせて傍若無人な振る舞い」をするってことですよね。
折角旅行に着たんだから美味いものを腹いっぱい食って、飲んでと。
みっともないってことですよね。
笑っているのは観光地の商店主や旅館の女将ですね。
せっかく家を作るんだから、一生に一度のことだから、あとからでは出来ない
のだから。これは確かに事実なんです。
でも笑っているのは住宅屋の営業とカーテン、家具屋の社長だけですね。
でも分かるんです。
作ってあげたい。
思ったようにしてあげたい。
でっかい笑顔を作ってあげたい。
それは兎にも角にも、私が「家族」にしてあげたいことと全く同じことなのです。

2016年11月19日
2016年11月18日
2016年11月17日
おばけの森 山じまい
来週の23日は勤労感謝の日で休みですよね!
「おばけの森」で今年最後の「イベント」が行われます。
今、おばけの森周辺は紅葉が見頃です。
今年は暖かい日が続いていて、日中なら、まだ山で
遊んでいられます。非常に空気の透明度が高く、
空気が、美味しいです!!
今回は「散策道の整備」と「クリスマスリース作り」を
楽しみたいと思います。
持ち物
長靴・軍手(作業用の手袋)」
水筒(ジュースなど)
履き替え用のスニーカー(リース用の蔓を捜しに山を歩きます)
剪定ばさみ(無ければ大きなカッターナイフなど)
ビニール袋(レジ袋など、拾ったものを入れます)
今回は炊き出しは、ありません。昼食を各自用意してくださいね!!
参加希望の方は下記メールアドレスまでご連絡を下さい。
よろしくお願い致します。
皆さんの参加を心からお待ちしております!!
atelier@urbangeardesign.com
090-6088-5212 本多まで!

おばけの森Facebook
https://www.facebook.com/obakenomorimineyama
「おばけの森」で今年最後の「イベント」が行われます。
今、おばけの森周辺は紅葉が見頃です。
今年は暖かい日が続いていて、日中なら、まだ山で
遊んでいられます。非常に空気の透明度が高く、
空気が、美味しいです!!
今回は「散策道の整備」と「クリスマスリース作り」を
楽しみたいと思います。
持ち物
長靴・軍手(作業用の手袋)」
水筒(ジュースなど)
履き替え用のスニーカー(リース用の蔓を捜しに山を歩きます)
剪定ばさみ(無ければ大きなカッターナイフなど)
ビニール袋(レジ袋など、拾ったものを入れます)
今回は炊き出しは、ありません。昼食を各自用意してくださいね!!
参加希望の方は下記メールアドレスまでご連絡を下さい。
よろしくお願い致します。
皆さんの参加を心からお待ちしております!!
atelier@urbangeardesign.com
090-6088-5212 本多まで!

おばけの森Facebook
https://www.facebook.com/obakenomorimineyama
2016年11月16日
クリタケ
ああ、設計って、設計って...
出来たっ!!!と思いきや、すぐさま考え直す私。
これが私(T_T)
昨日、出来上がったと思った外観。詳細にディテールを
詰めてゆくと、どうにも納得が行かない。
そもそも施主の要望では「足りない」と感じてしまう始末。
「贅沢に過ぎる」と感じる部分も相当に多いのだが、反対に
足りないじゃないか、配慮が足りないじゃないかと見える。
施主は基本的には「素人」だ。「言っただけ」を「形にしただけ」
では、建築家の仕事では無いのである。
ああ、それにしても...
例えば居室の「出入口」だ。まぁドアが有るだろう。でも
ドアが「どっち向き」に開くのか?閉まるのか?
さて「引き戸」の方が良いのか?悪いのか?
そもそもが出入口を部屋の「どの辺りに」付けるべきなのか?
と、まぁ悩む悩む。
階段を上がりきって、部屋に向かう。ドアは上がりきりから
「近い」方が良いのか?、それとも「遠い」方が良いのか?
上がって、直ぐ目の前にドアが有るなんてのは、もう全く駄目だ。
危険だ。
上がりきった「ホール」を作れなくても、そこに「90センチ」程度の
幅の「踊り場」程度のものしか出来ないのは非常に残念だ。
仕方が無い場合もある。
だが、階段の「回り方」に工夫が出来るのなら、回らないで
真っ直ぐに上がることで、階段の全長を詰める事が出来る。
少しでもホールらしくした方が使い勝手が良い。
こんなことを考え始めると、小さな住宅程度でも恐ろしく時間が
掛かってしまうのが「本気の設計」だ。
よくネットコンペなどで「アパート」の設計依頼をかける御仁が
おられるが、驚くのは「ただで」、しかも「1週間くらい」で計画を
プレゼンしろと言ってくる輩がいるのである。
人に貸すものだから、いったい「いくら」で出来て「いくら」で
貸して「いくら」儲かるのか?っていう、金金金の金のことばかり
なのである。ゲンナリする。
優秀な設計者ならば構造も考えながら「間取り」を検討する。
どんなカタチだって、構造設計屋が、やることだからというスタンスの
意匠設計者も「たまに」いる。実に羨ましい「先生」である。
それだけ威張り腐って仕事が出来る特権階級は極々少数だ。
素人とプロの違いは、ここで、間取りを一本の線で書いているときも、
そこに柱があって、そこに梁が掛かるという様子が頭に浮かんでいる。
RCや鉄骨よりも木造の方が、断然シビアだ。
今日の夕方、イライラもピーク、偏頭痛が襲ってきているときに
外に軽トラックが滑り込んできた。立ち上がることも出来ない。
今、他の事を考えると全て忘れてしまう。家内が表に出ると友人が
「きのこ」を届けてくれたのだ。「クリタケ」という。
栗の木に出るキノコなので、クリタケなのだ。マットな質感、赤い。
ちょっとシメジやナメコにも似ている。だが、スーパーでは売っていないし、
滅多にお目にかかれるキノコでは無い。ちょっとしか出ないのだ。
場所によっては大量に発生することもあるらしいが。
少し前に神奈川県の松田町に実家がある私の「いとこ」から、
変わった美味いキノコが出たから食べにおいでよと誘いがあった。
それが「クリタケ」だ。わざわざ静岡から足柄の山の中まで出向くほど
「価値」があるキノコという訳だ。
その希少価値のあるキノコを友人は「茶碗1杯分」程度の極々少量を
「二日続けて」届けてくれた。自分で食えば良いのに(笑)
美味いから、食ってみろ!そういうことなのであろう。
食ったことが無いものに食わせてみたい味なのだ。
知っているものとは、そういうものだ。友達は有り難い。
私は、プレゼンに出向くときに数枚の「設計図」を持っていく。
自信が有るときも「無い」ときもある。
無いときは...無いときは、話し方で分かると思う。自信が無いときの
図面は「言いなり」の場合が殆どだ。
自信が有るときの設計は、やはり兎に角「饒舌」になっているはずだ。
言葉に勢いが有るはずだ。
自分の知っている「素晴らしさ」は、どうしても分かって欲しい。
分かって欲しい「人」がいる。
程度の違いはある。分かっている。
クリタケは口に入れてみないことには、その是非は分からない。
建築も出来上がってみないことには、その是非は問えないのである。
では数千万円もの投資を「一か八か」で、挑戦することが出来るのか?
出来るも出来ないも「やらなければ」ならないのが普請事業だ。
では「なに」を持って実施の判断材料にするのであろうか。
自分の感か?それとも「設計者」の言葉だろうか?
私は、やはり「人」だと思うのだ。
数字でも実績でもなく。やはり「人」を見て決めるのだと思う。
クリタケには良く似た「ニガクリタケ」という毒キノコがある。
キノコは、ひとつ間違えれば命を落とす。
でも「あいつ」が食ってみろというから食うだけです。美味いものを
食いたいという「意地」からではありません。
私の提案を見て、よく出来た図面だから家を建てようと思う人は、
どれくらい居るのかと想像してみました。いるんでしょうか、そんな人。
居室の「どこに」ドアを付ける「べき」か分かりもしない素人が、
良く出来た設計とか何とか分かるはずもありません。
だから、いつまでも考えます。
私は私を買ってくれる人のために。

出来たっ!!!と思いきや、すぐさま考え直す私。
これが私(T_T)
昨日、出来上がったと思った外観。詳細にディテールを
詰めてゆくと、どうにも納得が行かない。
そもそも施主の要望では「足りない」と感じてしまう始末。
「贅沢に過ぎる」と感じる部分も相当に多いのだが、反対に
足りないじゃないか、配慮が足りないじゃないかと見える。
施主は基本的には「素人」だ。「言っただけ」を「形にしただけ」
では、建築家の仕事では無いのである。
ああ、それにしても...
例えば居室の「出入口」だ。まぁドアが有るだろう。でも
ドアが「どっち向き」に開くのか?閉まるのか?
さて「引き戸」の方が良いのか?悪いのか?
そもそもが出入口を部屋の「どの辺りに」付けるべきなのか?
と、まぁ悩む悩む。
階段を上がりきって、部屋に向かう。ドアは上がりきりから
「近い」方が良いのか?、それとも「遠い」方が良いのか?
上がって、直ぐ目の前にドアが有るなんてのは、もう全く駄目だ。
危険だ。
上がりきった「ホール」を作れなくても、そこに「90センチ」程度の
幅の「踊り場」程度のものしか出来ないのは非常に残念だ。
仕方が無い場合もある。
だが、階段の「回り方」に工夫が出来るのなら、回らないで
真っ直ぐに上がることで、階段の全長を詰める事が出来る。
少しでもホールらしくした方が使い勝手が良い。
こんなことを考え始めると、小さな住宅程度でも恐ろしく時間が
掛かってしまうのが「本気の設計」だ。
よくネットコンペなどで「アパート」の設計依頼をかける御仁が
おられるが、驚くのは「ただで」、しかも「1週間くらい」で計画を
プレゼンしろと言ってくる輩がいるのである。
人に貸すものだから、いったい「いくら」で出来て「いくら」で
貸して「いくら」儲かるのか?っていう、金金金の金のことばかり
なのである。ゲンナリする。
優秀な設計者ならば構造も考えながら「間取り」を検討する。
どんなカタチだって、構造設計屋が、やることだからというスタンスの
意匠設計者も「たまに」いる。実に羨ましい「先生」である。
それだけ威張り腐って仕事が出来る特権階級は極々少数だ。
素人とプロの違いは、ここで、間取りを一本の線で書いているときも、
そこに柱があって、そこに梁が掛かるという様子が頭に浮かんでいる。
RCや鉄骨よりも木造の方が、断然シビアだ。
今日の夕方、イライラもピーク、偏頭痛が襲ってきているときに
外に軽トラックが滑り込んできた。立ち上がることも出来ない。
今、他の事を考えると全て忘れてしまう。家内が表に出ると友人が
「きのこ」を届けてくれたのだ。「クリタケ」という。
栗の木に出るキノコなので、クリタケなのだ。マットな質感、赤い。
ちょっとシメジやナメコにも似ている。だが、スーパーでは売っていないし、
滅多にお目にかかれるキノコでは無い。ちょっとしか出ないのだ。
場所によっては大量に発生することもあるらしいが。
少し前に神奈川県の松田町に実家がある私の「いとこ」から、
変わった美味いキノコが出たから食べにおいでよと誘いがあった。
それが「クリタケ」だ。わざわざ静岡から足柄の山の中まで出向くほど
「価値」があるキノコという訳だ。
その希少価値のあるキノコを友人は「茶碗1杯分」程度の極々少量を
「二日続けて」届けてくれた。自分で食えば良いのに(笑)
美味いから、食ってみろ!そういうことなのであろう。
食ったことが無いものに食わせてみたい味なのだ。
知っているものとは、そういうものだ。友達は有り難い。
私は、プレゼンに出向くときに数枚の「設計図」を持っていく。
自信が有るときも「無い」ときもある。
無いときは...無いときは、話し方で分かると思う。自信が無いときの
図面は「言いなり」の場合が殆どだ。
自信が有るときの設計は、やはり兎に角「饒舌」になっているはずだ。
言葉に勢いが有るはずだ。
自分の知っている「素晴らしさ」は、どうしても分かって欲しい。
分かって欲しい「人」がいる。
程度の違いはある。分かっている。
クリタケは口に入れてみないことには、その是非は分からない。
建築も出来上がってみないことには、その是非は問えないのである。
では数千万円もの投資を「一か八か」で、挑戦することが出来るのか?
出来るも出来ないも「やらなければ」ならないのが普請事業だ。
では「なに」を持って実施の判断材料にするのであろうか。
自分の感か?それとも「設計者」の言葉だろうか?
私は、やはり「人」だと思うのだ。
数字でも実績でもなく。やはり「人」を見て決めるのだと思う。
クリタケには良く似た「ニガクリタケ」という毒キノコがある。
キノコは、ひとつ間違えれば命を落とす。
でも「あいつ」が食ってみろというから食うだけです。美味いものを
食いたいという「意地」からではありません。
私の提案を見て、よく出来た図面だから家を建てようと思う人は、
どれくらい居るのかと想像してみました。いるんでしょうか、そんな人。
居室の「どこに」ドアを付ける「べき」か分かりもしない素人が、
良く出来た設計とか何とか分かるはずもありません。
だから、いつまでも考えます。
私は私を買ってくれる人のために。

2016年11月15日
屋根
屋根が、ふっとんじゃったんですってよ!!
屋根、やぁ~ね~なんである。
やっとこ平面計画が終わった。正確には終わっていない。
クローゼットの大きさで悩んでいる。
外へ出れば沢山の建築に出会える。時々思うのだが、
この山のような、嫌、山よりも多い建築の数だけ建築士や
建築に関わる人間がいるんだなぁ~と、しみじみ思う。
凄い需要が有るはずなのに。
さて、屋根を設計している。
とても重要なプロセスだ。間取りには物凄く気を使うのに、
建築の「ディテール」には全くに近いほど気を使わない人間が
多すぎるほど多いと私は感じている。
施主も設計者もだ。屋根には重要な「役割」がある。
とても重要な構造部分だ。雨風を凌ぐ、火災から延焼を防ぐ。
日射から逃れる。耐力的な部分としても重要だ。
そして「家の形」を決定する重要なファクターという一面も持っている。
屋根は、ビルのように「真四角」なら検討のしようもないが、
「斜め」に架かっているのならば様々なケースが考えられる。
建築の外観は垂直と水平のラインで構成されている場合が殆どだ。
ここに斜めのラインが入ることで、一気に「遊び心」が表現される。
建築のディテールを決定する上で屋根は大変重要なファクターなのである。
私は「カタチ」を優先するあまり、間取りに「無理」をしてもらうことがある。
それが建築家の仕事だとも思っている。どんなに秀逸な「間取り」でも
ダサダサなカッコウでは建築家の仕事とは言えないのである。
様々な制約があっての事だ。もちろん「ベスト」を尽くすという意味だが。
自画自賛で恐縮するが、私の「立派」なところは「一応」「コスト」の
ことも鑑みて形状を決定しているというところだ。
屋根も「漏っちゃう」ってことよりも、カッコよくても金が掛かりすぎては、
元も子も無いということなのである。
参ったねである。
田舎の豪農の家は複雑に幾重にも屋根が架けられている場合がある。
「くどい」。
一言、それに尽きる。
何でも、やりすぎは、みっともない。ここのサジ加減が難しいのだ。
ああ...
そろそろ「諦めて」屋根を決定しなければ。かれこれ5日ほど寝れないほどに
悩んでいるのだ(笑)
またまた自画自賛で恐縮するが、私に設計の依頼を出す人は本当に
「幸せ」だと思う。丈夫で間違いが無いものっていうのは、施工者に依存する
部分も多いが、形を決定するのは「設計者ただひとり」なのであるから。
「そこにある」カタチを決定するまでの苦悩のプロセスを、どれだけ
真摯に試行錯誤したかということは誰にも知りえない、推し量ることの
出来ない「深いい話」なのである。
なんとか方向は決まったな。いつものドローイングで。

屋根、やぁ~ね~なんである。
やっとこ平面計画が終わった。正確には終わっていない。
クローゼットの大きさで悩んでいる。
外へ出れば沢山の建築に出会える。時々思うのだが、
この山のような、嫌、山よりも多い建築の数だけ建築士や
建築に関わる人間がいるんだなぁ~と、しみじみ思う。
凄い需要が有るはずなのに。
さて、屋根を設計している。
とても重要なプロセスだ。間取りには物凄く気を使うのに、
建築の「ディテール」には全くに近いほど気を使わない人間が
多すぎるほど多いと私は感じている。
施主も設計者もだ。屋根には重要な「役割」がある。
とても重要な構造部分だ。雨風を凌ぐ、火災から延焼を防ぐ。
日射から逃れる。耐力的な部分としても重要だ。
そして「家の形」を決定する重要なファクターという一面も持っている。
屋根は、ビルのように「真四角」なら検討のしようもないが、
「斜め」に架かっているのならば様々なケースが考えられる。
建築の外観は垂直と水平のラインで構成されている場合が殆どだ。
ここに斜めのラインが入ることで、一気に「遊び心」が表現される。
建築のディテールを決定する上で屋根は大変重要なファクターなのである。
私は「カタチ」を優先するあまり、間取りに「無理」をしてもらうことがある。
それが建築家の仕事だとも思っている。どんなに秀逸な「間取り」でも
ダサダサなカッコウでは建築家の仕事とは言えないのである。
様々な制約があっての事だ。もちろん「ベスト」を尽くすという意味だが。
自画自賛で恐縮するが、私の「立派」なところは「一応」「コスト」の
ことも鑑みて形状を決定しているというところだ。
屋根も「漏っちゃう」ってことよりも、カッコよくても金が掛かりすぎては、
元も子も無いということなのである。
参ったねである。
田舎の豪農の家は複雑に幾重にも屋根が架けられている場合がある。
「くどい」。
一言、それに尽きる。
何でも、やりすぎは、みっともない。ここのサジ加減が難しいのだ。
ああ...
そろそろ「諦めて」屋根を決定しなければ。かれこれ5日ほど寝れないほどに
悩んでいるのだ(笑)
またまた自画自賛で恐縮するが、私に設計の依頼を出す人は本当に
「幸せ」だと思う。丈夫で間違いが無いものっていうのは、施工者に依存する
部分も多いが、形を決定するのは「設計者ただひとり」なのであるから。
「そこにある」カタチを決定するまでの苦悩のプロセスを、どれだけ
真摯に試行錯誤したかということは誰にも知りえない、推し量ることの
出来ない「深いい話」なのである。
なんとか方向は決まったな。いつものドローイングで。

2016年11月14日
死んだらおしまい
さて色々考えたんですが、死んだらおしまいって
何がおしまいなのか、けっこう分からないなって。
まぁ人として出来なくなるってことなんですが。
人として出来ることを、そんなに精一杯、毎日
やってますかね。
別にやってもいなけりゃ大して執着もしてなきゃ、
おしまいもへったくれも無いですよね。
早い話が、やろうと思えば、いつだって出来る
ことをしないってのは死んでるのと同じって
ことですよね。
だから死んでしまったら元も子も無いってのは
前向きな人には当てはまりますが、自堕落に
生きているくずは、いつ、どんな死に方をしても
おんなじだってことですよね。
雨なんか降らなきゃ良いのにって思うんです。
ですが雨が降らなきゃ困ります。ガチで。
でも理屈を考えてみないことには、やはり
テメーの気分が最初に顔を出すのが人間です。
死んだらおしまいって言うわりには、
生きる理由について考える人や時間は極々僅かです。
何も終わりゃしねーよとかって思います。
始めてもいねーのにって。
何がおしまいなのか、けっこう分からないなって。
まぁ人として出来なくなるってことなんですが。
人として出来ることを、そんなに精一杯、毎日
やってますかね。
別にやってもいなけりゃ大して執着もしてなきゃ、
おしまいもへったくれも無いですよね。
早い話が、やろうと思えば、いつだって出来る
ことをしないってのは死んでるのと同じって
ことですよね。
だから死んでしまったら元も子も無いってのは
前向きな人には当てはまりますが、自堕落に
生きているくずは、いつ、どんな死に方をしても
おんなじだってことですよね。
雨なんか降らなきゃ良いのにって思うんです。
ですが雨が降らなきゃ困ります。ガチで。
でも理屈を考えてみないことには、やはり
テメーの気分が最初に顔を出すのが人間です。
死んだらおしまいって言うわりには、
生きる理由について考える人や時間は極々僅かです。
何も終わりゃしねーよとかって思います。
始めてもいねーのにって。
2016年11月13日
Don't Know Why
出来なかったことがある。
やるべきだって分かっていたのに。確かに、どうするべきか
はっきりと分かっていた。でも、やらなかったことがある。
なんとなく理由は分かっている。
でも時間が経ってみると、どうにもやはり、腑に落ちない。
動けなかった。
そう、そんな感じだ。
私は愚図で行動力が無い。
だから行動力のある人を見ると「まぶしい」。家内は、あまり
考えずに行動をするので、危なっかしいとか、不安だとかって
感じより、とにかく「まぶしい」存在だ。
私は小さな頃、「かんけり」をやると必ず「鬼」になった。
されたって感じだ。自分では「いじめ」られていると思っていた。
長い間そう思っていた。だが、最近、昔を思い出すと、どうも
自分が愚図だったので、「当然」のように「鬼」や「びり」や「はずれ」を
引いていたんだと思うようになった。
昔は大勢で遊ぶものだった。近所の「空き地」に集まると、みんなが
一斉に駆け出す。私も駆け出すのだが「何処へ向かっている」のか、
「何が始まったのか」さっぱり分からないでいた。いつもそうだった。
置いていかれるのが不安で不安で、怖くて怖くて仕方なかった。
みんなに付いていけなかったのは「足の速さ」ではなくて、心だった。
一生懸命に、付いていこうとするのだが、分からないから途中で止まった。
もう必ず、そんな感じだ(笑)
ひとりで歩いて帰ることが多かった。
「みんなが行っちゃった」とべそをかきながら母に言うと必ず「叱責」された。
お前が「悪い」「愚図」だからだと。
だから絵を描いて過ごした。
負けるのは好きじゃなかった。誰でもそうだろう。
大人になって、リーダーや「長」なるものになると少し「安心」した。
自分が決めるのだ。置いていかれる心配が無い。大分安らいだ。
しかし、過去に置いてきてしまったものがある。未だに理由が掴めない
「あれ」らを、まるで御伽噺のように思い出す。
今、こうして生活をしていると毎日が本当に早いと感じる。
まるで急流に流されて狼狽している狐のようだ。多少の小ざかしさなど、
まるで役に立たない。私は家族に置き去りにされているように感じるときがある。
子供たちの行動も実に早い。あまりに私が愚図なので予定を聞かされる
ことも「ほぼ」無くなった。立派になったのだろう。
ちゃんとやれているのかと心配にもなるが。まぁ仕方が無い。
ただ。
無性に昔の自分が分かっていながら出来なかったのは「なぜ」だったのかが
気になる。今も他人事のように人を見つめる「癖」があるように思うのだ。
「空虚」か。分からない。でも諦めていた訳ではないはずだ。
それが証拠に何十年も昔の情景が未だに頭から離れないのだから。
やるべきだって分かっていたのに。確かに、どうするべきか
はっきりと分かっていた。でも、やらなかったことがある。
なんとなく理由は分かっている。
でも時間が経ってみると、どうにもやはり、腑に落ちない。
動けなかった。
そう、そんな感じだ。
私は愚図で行動力が無い。
だから行動力のある人を見ると「まぶしい」。家内は、あまり
考えずに行動をするので、危なっかしいとか、不安だとかって
感じより、とにかく「まぶしい」存在だ。
私は小さな頃、「かんけり」をやると必ず「鬼」になった。
されたって感じだ。自分では「いじめ」られていると思っていた。
長い間そう思っていた。だが、最近、昔を思い出すと、どうも
自分が愚図だったので、「当然」のように「鬼」や「びり」や「はずれ」を
引いていたんだと思うようになった。
昔は大勢で遊ぶものだった。近所の「空き地」に集まると、みんなが
一斉に駆け出す。私も駆け出すのだが「何処へ向かっている」のか、
「何が始まったのか」さっぱり分からないでいた。いつもそうだった。
置いていかれるのが不安で不安で、怖くて怖くて仕方なかった。
みんなに付いていけなかったのは「足の速さ」ではなくて、心だった。
一生懸命に、付いていこうとするのだが、分からないから途中で止まった。
もう必ず、そんな感じだ(笑)
ひとりで歩いて帰ることが多かった。
「みんなが行っちゃった」とべそをかきながら母に言うと必ず「叱責」された。
お前が「悪い」「愚図」だからだと。
だから絵を描いて過ごした。
負けるのは好きじゃなかった。誰でもそうだろう。
大人になって、リーダーや「長」なるものになると少し「安心」した。
自分が決めるのだ。置いていかれる心配が無い。大分安らいだ。
しかし、過去に置いてきてしまったものがある。未だに理由が掴めない
「あれ」らを、まるで御伽噺のように思い出す。
今、こうして生活をしていると毎日が本当に早いと感じる。
まるで急流に流されて狼狽している狐のようだ。多少の小ざかしさなど、
まるで役に立たない。私は家族に置き去りにされているように感じるときがある。
子供たちの行動も実に早い。あまりに私が愚図なので予定を聞かされる
ことも「ほぼ」無くなった。立派になったのだろう。
ちゃんとやれているのかと心配にもなるが。まぁ仕方が無い。
ただ。
無性に昔の自分が分かっていながら出来なかったのは「なぜ」だったのかが
気になる。今も他人事のように人を見つめる「癖」があるように思うのだ。
「空虚」か。分からない。でも諦めていた訳ではないはずだ。
それが証拠に何十年も昔の情景が未だに頭から離れないのだから。
2016年11月11日
人生 立ち止まる機会
生まれて。
考えてみりゃ、ずっと動いてますよね。背中を押されるように。
何もしないって無いっていうか「させてもらえない」ですよね。
立って歩く頃には保育園や幼稚園に入れられて、既に「先生」と
称される方の「命令」に従って、あれして、これして。
卒園したら小学校に入って、また「先生」と称される方の「命令」に
従って、そのまま中学、高校と通って、毎日「勉強」させられて、
「部活」とかっていう有り難いんだか迷惑なんだか分からないものに
休日まで振り回されて、いつの間にか社会に放り出されて。
もしくは大学に入って、またも「先生」と称される方に「命令」されて、
同じく社会に放り出されて。会社に入れば「上司」という方に
「命令」されて、また動き続けると。
生まれた時から「疑問」に感じたことに向き合う時間や、完全に
思考を停止して「ただの生物」になる期間って無いんですよね。
これ、リアルに感じると生きるの辛くなりますよね。
だから、ここのところを真剣に受け止めちゃう人は
自殺しちゃうんですよね。
一年中「背中を押されてる」訳ですよね。大きな流れっていうか、
人の波に一緒に並んで、先が見えないほど大勢の人が「同じ方向」に
向かって移動しているんですよね。止まれば後ろから来た人に
突き飛ばされて。前に駆け出したくても、直ぐ前に人が居るので、
何だか清々しない「歩幅」で、ちょこちょこと前に進むんです。
「浪人」って凄い「贅沢」なんだって最近思うようになりましたよ。
現代人って「悩む」ことも許されないほど社会が「システマチック」に
なってますよね。疑問だの悩みをネット上で、つぶやこうものなら、
もう一瞬で「お答え」の山が押し寄せてきて、それを精査している
「暇」なんて全く無いですよね。それを受け入れて前に進むしか
ないんですもんね。 (笑)
(笑) 滑稽だ。
ずっと思ってた。
ずっと小さな頃から思ってた。僕は特別な「人」なんだと自覚があった。
みんなと同じに出来ない。なんで、皆は、そんな風に出来るんだと。
なんでみんな、それで良いんだと。いつだって他人事に感じてた。
私は立ち止まってばかりいた。
「愚図」だと散々、母に罵られたな(笑)
私は我が子が「哀れ」で仕方が無い。立ち止まりたいのに、そうさせて
もらえないのだから。立ち止まりたくないものは、さっさと行けば良い。
でも進みたくないものは進まないでも良いという社会になる必要が
有ると思うのだ。「自由」だ。生きる事は「消費」では無いと思うのだ。
命を消費する。
子供が悩んでいる姿は辛い。
いくら説教をしても、乗り越えるには「時間」が必要だ。必ず誰でも
乗り越えて先に進むことが出来るのだが。本人には、この苦しみが
永遠に続くように感じるはずだ。私自身が、そんな只中に居る。
上手く行かない。それは「上手くいっている証拠」だ。
ちゃんと生まれるときに持ってきた「課題」を紐解いている瞬間なのだ。
大丈夫。
悩んでいる姿は、とても「人間」らしい姿だ。
考えてみりゃ、ずっと動いてますよね。背中を押されるように。
何もしないって無いっていうか「させてもらえない」ですよね。
立って歩く頃には保育園や幼稚園に入れられて、既に「先生」と
称される方の「命令」に従って、あれして、これして。
卒園したら小学校に入って、また「先生」と称される方の「命令」に
従って、そのまま中学、高校と通って、毎日「勉強」させられて、
「部活」とかっていう有り難いんだか迷惑なんだか分からないものに
休日まで振り回されて、いつの間にか社会に放り出されて。
もしくは大学に入って、またも「先生」と称される方に「命令」されて、
同じく社会に放り出されて。会社に入れば「上司」という方に
「命令」されて、また動き続けると。
生まれた時から「疑問」に感じたことに向き合う時間や、完全に
思考を停止して「ただの生物」になる期間って無いんですよね。
これ、リアルに感じると生きるの辛くなりますよね。
だから、ここのところを真剣に受け止めちゃう人は
自殺しちゃうんですよね。
一年中「背中を押されてる」訳ですよね。大きな流れっていうか、
人の波に一緒に並んで、先が見えないほど大勢の人が「同じ方向」に
向かって移動しているんですよね。止まれば後ろから来た人に
突き飛ばされて。前に駆け出したくても、直ぐ前に人が居るので、
何だか清々しない「歩幅」で、ちょこちょこと前に進むんです。
「浪人」って凄い「贅沢」なんだって最近思うようになりましたよ。
現代人って「悩む」ことも許されないほど社会が「システマチック」に
なってますよね。疑問だの悩みをネット上で、つぶやこうものなら、
もう一瞬で「お答え」の山が押し寄せてきて、それを精査している
「暇」なんて全く無いですよね。それを受け入れて前に進むしか
ないんですもんね。 (笑)
(笑) 滑稽だ。
ずっと思ってた。
ずっと小さな頃から思ってた。僕は特別な「人」なんだと自覚があった。
みんなと同じに出来ない。なんで、皆は、そんな風に出来るんだと。
なんでみんな、それで良いんだと。いつだって他人事に感じてた。
私は立ち止まってばかりいた。
「愚図」だと散々、母に罵られたな(笑)
私は我が子が「哀れ」で仕方が無い。立ち止まりたいのに、そうさせて
もらえないのだから。立ち止まりたくないものは、さっさと行けば良い。
でも進みたくないものは進まないでも良いという社会になる必要が
有ると思うのだ。「自由」だ。生きる事は「消費」では無いと思うのだ。
命を消費する。
子供が悩んでいる姿は辛い。
いくら説教をしても、乗り越えるには「時間」が必要だ。必ず誰でも
乗り越えて先に進むことが出来るのだが。本人には、この苦しみが
永遠に続くように感じるはずだ。私自身が、そんな只中に居る。
上手く行かない。それは「上手くいっている証拠」だ。
ちゃんと生まれるときに持ってきた「課題」を紐解いている瞬間なのだ。
大丈夫。
悩んでいる姿は、とても「人間」らしい姿だ。
2016年11月10日
ブレーン
ヒラリーが負けました。
トランプが「勝った」って言うより、やはり、ヒラリーが「負けた」んだと
私は思います。ヒラリーは、トランプに負けたんじゃないとも思います。
合衆国の「国民」に負けたんでしょうか?嫌、それもちょっと違うと
思うんです。彼女は自分の「素直さ」に負けたんだと思います。
投票日の前の日までヒラリーが勝つことになっていたと思います。
僅差で勝敗は着きました。実際、国民投票は半数以上、ヒラリーが
獲得していたようです。鍵を握ったのは、たったの「538人」の
選挙人たちです。この選挙人たちは、トランプが良かったんじゃなくて、
ヒラリーが嫌いだったってだけです。
アメリカの大統領選挙活動は1年以上も続きます。やってられねー!!と
よく思わないものだと感心します。とても「たった一人」では活動できない
でしょう。立候補者を「支える誰か」がいるから出来ることです。
それが「ブレーン」です。
私は、トランプ候補もトランプ陣営も「本気」で大統領になれるとは
思っていなかったんじゃないかとさえ思っています。
当選したときのトランプの表情。「なんで俺?!」みたいな表情。
「おいおい知らねーぞ!!」とでも思ったんじゃないでしょうか。
それは全て「候補者」の「発言」をみれば分かることです。トランプにも
「ブレーン」はいたのです。トランプのブレーンが様々な暴言のシナリオを
書いたとも思えませんし、またトランプの発言をコントロール出来なかった、
または「しなかった」ってことは、やはり本気で大統領に担ごうなどとは
考えていなかったような気がするんです。
なぜなら、アメリカは「保守」の国だからです。
意外なほどに、アメリカは保守的だと思います。
建国以来、一度出来上がったアメリカンスピリットを貫く姿勢こそ、
アメリカ人の象徴だと国民は考えていると思います。
従ってアメリカンドリームなるものは、アメリカンスピリットが貫かれて、
初めて「存在」を許されるものだと考えているのではないかと思います。
アメリカ人は「自由」と「権利」のバランスを求めます。
なにより生活があります。生きなければなりません。国の成り立ちから
言っても、力で自由と権利を勝ち取ってきた国民性は強く根ざしています。
しかし、全国民が満遍なく、そのアメリカ「らしさ」を享受できているかと言えば、
そんなこと出来るはずはありません。自由と権利の御蔭で、資本を
多く集められる「一部」の幸運な人間、または賢い人間は富を得ます。
段々アメリカンドリームばかりにスポットライトが当てられて、
「敗者」には自由は有っても権利を行使するチャンスが奪われてしまいます。
権利とは「法が定めて守る」ものです。法に定められていなければ
「思いやり」も「慈悲」も国民は期待しても与えてはもらえません。
アメリカ人は「冷たい国民」だという認識は持っていません。それどころか、
情に厚く、正義のためなら命も厭わないと思っています。
だからトランプは本気じゃなかったと思っていたんですが。
ヒラリー・クリントンは、トランプよりもスタンダードなアメリカン人らしい
アメリカ人だと思います。直に70歳になりますが、今から50年位前の
学生時代を想像してみます。私が生まれた頃です。ヒッピームーブメント。
当時は人種問題やベトナム問題を学生たちは熱心に話し合っていたと思う。
文化やマリファナ、コカイン。「昔のアメリカ人」からは「クズ」呼ばわり
されていたものが世の中には溢れかえっていただろう。
その一人が、ヒラリーだったかもしれない。その中の一人が、トランプだった。
同じ雑踏の中に居ても、いずれ人は「様々」な場所に散ってゆく。
ヒラリーはクリーンな心を保ったまま「少女」が大人になった。
トランプは揉まれて、強い人間になった。少年の心を保ったまま。
クラスには色々な生徒が居る。優等生も劣等生も。
劣等性も優等生も全体からすれば「少数派」だ。だがマイノリティではない。
数は少なくとも、いずれも「力」を持っている。
自分の過去を思い出してみる。
優等生は嫌われた。
劣等生も「いじめっこ」でない限り決して嫌われなかった。嫌われないどころか、
クラスの中心にいたように思う。
ヒラリーが最後の最後に「しでかして」しまったこと。
それは「派手なパフォーマンス」に他ならない。
私でさえ、ボンジョビやレディー・ガガのステージを見たときに引いた。
なぜかヒラリーが小さく見えた。「小さな、お婆ちゃん」に見えたのだ。
必要があったか?
そこだ。
あれが、あれこそが「肥え太ったアメリカ」の「金持ち」の象徴なのだ。
もうアメリカ人は辟易としている。若者が、折角応援してくれていたのに、
「私は金持ちよ」「私は権力者よ」と大々的にアピールされては、本物の
マイノリティが、引いてしまう。失敗だ。
しかし敗北宣言のときの、ヒラリーのスピーチには光るものが有った。
表情も大変に素直で、ぎらついていない「あの頃」のヒラリーっぽかった。
大変に感銘を受けた演説であったので、皆さんには是非、参照していただきたい。
私が、ヒラリーが「自分の素直さに負けた」と思ったのは、この演説を
読んだからだ。なぜもっと早く、そしてもっと前面に出してやらなかったのか。
全てブレーンのせいだと思った。
彼女は「女」だ。アメリカ合衆国は女が大統領になれる国じゃない。
自由も権利も平等な国だが、未だに「差別」だらけの国だ。
男尊女卑も相当なものだ。それは「女は弱いもの」「守るべきもの」という
男のプライドでもあるからだ。優しさから生まれた文化なのだろう。
だからブレーンは誤った。ヒラリーを女として見ていた。見ていたのなら、
女として認識していたのなら女を売りにするべきだった。
というより「ありのままのヒラリー」で十分だったのだ。
ヒラリーが優しくて強い「お母さん」であることは容易に想像がつく。
母親が正しくて強ければ、子供は間違いなく立派に育つ。
家庭は円満で明るいだろう。間違いない。ろくでなしの亭主でも母親が、
しっかりしていれば素晴らしい人生を家族は送ることが出来るだろう。
ヒラリーが「肝っ玉かあさん」のアメリカ合衆国は、良い4年間の思い出を
残せたんじゃないだろうか。そう想像してしまう。
なぜなら敗北宣言の演説が私に、そう感じさせてしまうからだ。
公の場所で負ける前に聞いてみたかった。あの表情で。
「皆さんに、特に若い人たちに聞いて欲しいんです。
私は、自分が信じるもののために、生涯をかけて戦ってきました。
勝ったことも、負けたこともあります。辛い思いもしました」
「あなたたちも、勝つこともあれば、負けることもあるでしょう。
負けることは辛い。でも、決して、信じることをやめないでください。
正しいことのために戦うことは、価値のあることです。
やるべき価値のあることなんです」
「私たちは最も高い『ガラスの天井』を打ち破ることはできませんでした。
でも、いつか誰かが打ち破るでしょう。そのときが、今、私たちが考えている
以上に早いことを望みます」
そして、全ての少女たちに聞いて欲しい、と言葉を続けた。
「あなたは、価値がある存在で、しかも力強い。
あなたの夢を実現する機会を追い求めるに値するんです。
そのことを、決して疑わないで」
泣いて帰ってきた子供に母親が、こう語りかけているキッチンを想像する。
良い母さんだな、こいつんち。嫉妬さえする。
トランプが「勝った」って言うより、やはり、ヒラリーが「負けた」んだと
私は思います。ヒラリーは、トランプに負けたんじゃないとも思います。
合衆国の「国民」に負けたんでしょうか?嫌、それもちょっと違うと
思うんです。彼女は自分の「素直さ」に負けたんだと思います。
投票日の前の日までヒラリーが勝つことになっていたと思います。
僅差で勝敗は着きました。実際、国民投票は半数以上、ヒラリーが
獲得していたようです。鍵を握ったのは、たったの「538人」の
選挙人たちです。この選挙人たちは、トランプが良かったんじゃなくて、
ヒラリーが嫌いだったってだけです。
アメリカの大統領選挙活動は1年以上も続きます。やってられねー!!と
よく思わないものだと感心します。とても「たった一人」では活動できない
でしょう。立候補者を「支える誰か」がいるから出来ることです。
それが「ブレーン」です。
私は、トランプ候補もトランプ陣営も「本気」で大統領になれるとは
思っていなかったんじゃないかとさえ思っています。
当選したときのトランプの表情。「なんで俺?!」みたいな表情。
「おいおい知らねーぞ!!」とでも思ったんじゃないでしょうか。
それは全て「候補者」の「発言」をみれば分かることです。トランプにも
「ブレーン」はいたのです。トランプのブレーンが様々な暴言のシナリオを
書いたとも思えませんし、またトランプの発言をコントロール出来なかった、
または「しなかった」ってことは、やはり本気で大統領に担ごうなどとは
考えていなかったような気がするんです。
なぜなら、アメリカは「保守」の国だからです。
意外なほどに、アメリカは保守的だと思います。
建国以来、一度出来上がったアメリカンスピリットを貫く姿勢こそ、
アメリカ人の象徴だと国民は考えていると思います。
従ってアメリカンドリームなるものは、アメリカンスピリットが貫かれて、
初めて「存在」を許されるものだと考えているのではないかと思います。
アメリカ人は「自由」と「権利」のバランスを求めます。
なにより生活があります。生きなければなりません。国の成り立ちから
言っても、力で自由と権利を勝ち取ってきた国民性は強く根ざしています。
しかし、全国民が満遍なく、そのアメリカ「らしさ」を享受できているかと言えば、
そんなこと出来るはずはありません。自由と権利の御蔭で、資本を
多く集められる「一部」の幸運な人間、または賢い人間は富を得ます。
段々アメリカンドリームばかりにスポットライトが当てられて、
「敗者」には自由は有っても権利を行使するチャンスが奪われてしまいます。
権利とは「法が定めて守る」ものです。法に定められていなければ
「思いやり」も「慈悲」も国民は期待しても与えてはもらえません。
アメリカ人は「冷たい国民」だという認識は持っていません。それどころか、
情に厚く、正義のためなら命も厭わないと思っています。
だからトランプは本気じゃなかったと思っていたんですが。
ヒラリー・クリントンは、トランプよりもスタンダードなアメリカン人らしい
アメリカ人だと思います。直に70歳になりますが、今から50年位前の
学生時代を想像してみます。私が生まれた頃です。ヒッピームーブメント。
当時は人種問題やベトナム問題を学生たちは熱心に話し合っていたと思う。
文化やマリファナ、コカイン。「昔のアメリカ人」からは「クズ」呼ばわり
されていたものが世の中には溢れかえっていただろう。
その一人が、ヒラリーだったかもしれない。その中の一人が、トランプだった。
同じ雑踏の中に居ても、いずれ人は「様々」な場所に散ってゆく。
ヒラリーはクリーンな心を保ったまま「少女」が大人になった。
トランプは揉まれて、強い人間になった。少年の心を保ったまま。
クラスには色々な生徒が居る。優等生も劣等生も。
劣等性も優等生も全体からすれば「少数派」だ。だがマイノリティではない。
数は少なくとも、いずれも「力」を持っている。
自分の過去を思い出してみる。
優等生は嫌われた。
劣等生も「いじめっこ」でない限り決して嫌われなかった。嫌われないどころか、
クラスの中心にいたように思う。
ヒラリーが最後の最後に「しでかして」しまったこと。
それは「派手なパフォーマンス」に他ならない。
私でさえ、ボンジョビやレディー・ガガのステージを見たときに引いた。
なぜかヒラリーが小さく見えた。「小さな、お婆ちゃん」に見えたのだ。
必要があったか?
そこだ。
あれが、あれこそが「肥え太ったアメリカ」の「金持ち」の象徴なのだ。
もうアメリカ人は辟易としている。若者が、折角応援してくれていたのに、
「私は金持ちよ」「私は権力者よ」と大々的にアピールされては、本物の
マイノリティが、引いてしまう。失敗だ。
しかし敗北宣言のときの、ヒラリーのスピーチには光るものが有った。
表情も大変に素直で、ぎらついていない「あの頃」のヒラリーっぽかった。
大変に感銘を受けた演説であったので、皆さんには是非、参照していただきたい。
私が、ヒラリーが「自分の素直さに負けた」と思ったのは、この演説を
読んだからだ。なぜもっと早く、そしてもっと前面に出してやらなかったのか。
全てブレーンのせいだと思った。
彼女は「女」だ。アメリカ合衆国は女が大統領になれる国じゃない。
自由も権利も平等な国だが、未だに「差別」だらけの国だ。
男尊女卑も相当なものだ。それは「女は弱いもの」「守るべきもの」という
男のプライドでもあるからだ。優しさから生まれた文化なのだろう。
だからブレーンは誤った。ヒラリーを女として見ていた。見ていたのなら、
女として認識していたのなら女を売りにするべきだった。
というより「ありのままのヒラリー」で十分だったのだ。
ヒラリーが優しくて強い「お母さん」であることは容易に想像がつく。
母親が正しくて強ければ、子供は間違いなく立派に育つ。
家庭は円満で明るいだろう。間違いない。ろくでなしの亭主でも母親が、
しっかりしていれば素晴らしい人生を家族は送ることが出来るだろう。
ヒラリーが「肝っ玉かあさん」のアメリカ合衆国は、良い4年間の思い出を
残せたんじゃないだろうか。そう想像してしまう。
なぜなら敗北宣言の演説が私に、そう感じさせてしまうからだ。
公の場所で負ける前に聞いてみたかった。あの表情で。
「皆さんに、特に若い人たちに聞いて欲しいんです。
私は、自分が信じるもののために、生涯をかけて戦ってきました。
勝ったことも、負けたこともあります。辛い思いもしました」
「あなたたちも、勝つこともあれば、負けることもあるでしょう。
負けることは辛い。でも、決して、信じることをやめないでください。
正しいことのために戦うことは、価値のあることです。
やるべき価値のあることなんです」
「私たちは最も高い『ガラスの天井』を打ち破ることはできませんでした。
でも、いつか誰かが打ち破るでしょう。そのときが、今、私たちが考えている
以上に早いことを望みます」
そして、全ての少女たちに聞いて欲しい、と言葉を続けた。
「あなたは、価値がある存在で、しかも力強い。
あなたの夢を実現する機会を追い求めるに値するんです。
そのことを、決して疑わないで」
泣いて帰ってきた子供に母親が、こう語りかけているキッチンを想像する。
良い母さんだな、こいつんち。嫉妬さえする。
2016年11月09日
2016年11月08日
設計依頼
電通に強制捜査が入りました。
いつも「この手」のニュースを聞くたびに警察、検察の
「まぁやっとくか」的な仕事ぶりを感じざるを得ないですな。
まぁ良く言えば世論が動かしたっていうんでしょうかね。
兎に角「トカゲのしっぽ切り」にだけは、して欲しくないですね。
ブラック企業ってのは「2種類」あるような気がしますね。
ひとつは「薄利多売」で過剰労働。
もうひとつは「売り上げ至上主義」で過剰労働。いずれも
過剰労働には違いないのですが。
いくら金を貰っても使う暇もなければ健康を害しては全く
意味がありませんからね。
この2種類のブラック仕事の違いは大きいと思います。
待遇が悪いのに過剰労働じゃ目も当てられませんよね。
一方、電通のような一流企業の戦士達は、まぁ言ってみれば
「好んでブラック仕事」をやっている節もありますよね。
仕事好き、「仕事人間」ですかね。
昔の社長も「なんでも仕事を取って来い!!」って訓示していた
そうですからね。仕事を選ぶなってことでしょうね。
「やります」「出来ます」って言った以上、それをやり通せって。
まぁ高度成長期の日本「そのまんま」ですね。
昔の日本人は全員「ブラック企業」で働いていたようなもんですよ。
何が楽しみって「仕事」が出来る楽しみですよね。
お金は...
金が多いとか少ないとか、昔の日本人は言いませんでしたよね。
儲かるって感覚は「商人」ならではでしょうね。だから普通の
「勤め人」は「奉公」って感覚が浸透していましたよね。
日本人らしいですよ。
私の母も「奉公」って言葉をよく使っていましたね。学校の
教育方針も、そこに基づいているような気がします。
まぁ大分薄れてきましたけどね。
給料って「誰かのため」に使うって感覚だったんじゃないでしょうかね。
「親のため」「兄弟のため」「妻のため」「子供のため」って感じで。
もちろん自分のためってのは有りますけど、なんて言うか、
「育ててもらって」「送り出してもらって」「恩を返す」って流れが
出来上がっていたような。だから会社も「入れていただいて」って
いう受身姿勢が大前提なんですよね。
時代遅れでしょうね、きっと。
私は、この古い流れとか考えが良いと言っている訳ではないんです。
今生きている若者が、若者の「多く」が、この考え方は受け入れ難いと
感じていると思うんです。で、企業が変わらないんじゃ、やっぱ
社員は厳しいと思うんですよね。自殺してしまった若者は決して
仕事が嫌いって訳でもないし、会社に忠誠を尽くす覚悟で入社したんで
しょうけどね。度が過ぎているって事なんでしょうね。
みんなラグビー部に入っていた訳じゃないですからね。
さて今日のタイトルですが。
無いですね、私のところには。仕事の依頼(笑)もうさっぱりです。
仕事が忙しくて死にたくなるなんて気分になってみたいよ!と嘯く(うそぶく)
嘘です。もう死のうとした経験ありありですから(笑)
もう過剰労働は、しません。したくありません。
まぁでも。なんだろう。どんだけ暇でも建築設計や監理ってのは過剰労働だな。
とても収入は「あわない」し、いつまで仕事すりゃ良いんだろ?!って。
それでも生きるためには「仕事の糧」を見つけなきゃならないですよね。
で、どの程度「働いて」やめるとか、休むとかって「さじ加減」なんて、
できっこないですよね。特に自営業は。建築設計なんて「自由業」って
言った方が良いくらいですよ。私なんて事務所も自宅だし。
どっかに事務所借りて毎日8時に出勤すりゃ、ほっといても仕事の依頼が
来るなら、そうしますけどね。有り得ないですよ、そんなの。
看板見て「あっ!建築の相談に入ってみよう!!」なんて、建築の場合、
無いですからね。マジで。
それこそ、あっという間に電通と同じ状態になりますよ。日建設計も
家宅捜索、入らないのかな...安藤忠雄建築研究所にも行けば良いのに。
辞めたきゃ辞めなよって、みんな薦めてくれますよね、設計事務所は。
代わりなんて「死ぬほど」いますからね。安藤の事務所で働けるなら
死んでも良いくらい思ってる、馬鹿な建築家の卵は世界中にいますよね。
そういうことなんですよ。
残念ながら死んでしまった若者には「違う」場所が合っていたんだと思うんです。
病気になってしまってからでは「辞める」どころか、まともな判断や「思考」が
出来ないんですよ。健常者には「絶対に」分かりません。自分から死を選ぶ
ような状態ってのは、普通じゃないんです。理屈じゃ救えないです。
私は働くのが嫌いです。
でも建築設計が大好きなので、今、こうして生きていられます。
お金が無いと家族を養えないので困りますが、財布を持って出かけるって事も
結婚するまで「したこと」すらありません。財布、持ってなかったんです(笑)
いっつもズボンのポケットに「そのまま」入れてましたね。友人は、みんな知ってます。
お金は計画的に使ったりしないと「困る」ってことも随分年をとってから知りました。
そんな訳で働くのは嫌いだけれども、家族を養うのに窮している、
設計が大好きな建築家に「仕事」を与えてやってください(笑)
よろしくお願い致します。
※面白いアパート経営したいって方、是非連絡下さい!
atelier@urbangeardesign.com
054-206-4343

いつも「この手」のニュースを聞くたびに警察、検察の
「まぁやっとくか」的な仕事ぶりを感じざるを得ないですな。
まぁ良く言えば世論が動かしたっていうんでしょうかね。
兎に角「トカゲのしっぽ切り」にだけは、して欲しくないですね。
ブラック企業ってのは「2種類」あるような気がしますね。
ひとつは「薄利多売」で過剰労働。
もうひとつは「売り上げ至上主義」で過剰労働。いずれも
過剰労働には違いないのですが。
いくら金を貰っても使う暇もなければ健康を害しては全く
意味がありませんからね。
この2種類のブラック仕事の違いは大きいと思います。
待遇が悪いのに過剰労働じゃ目も当てられませんよね。
一方、電通のような一流企業の戦士達は、まぁ言ってみれば
「好んでブラック仕事」をやっている節もありますよね。
仕事好き、「仕事人間」ですかね。
昔の社長も「なんでも仕事を取って来い!!」って訓示していた
そうですからね。仕事を選ぶなってことでしょうね。
「やります」「出来ます」って言った以上、それをやり通せって。
まぁ高度成長期の日本「そのまんま」ですね。
昔の日本人は全員「ブラック企業」で働いていたようなもんですよ。
何が楽しみって「仕事」が出来る楽しみですよね。
お金は...
金が多いとか少ないとか、昔の日本人は言いませんでしたよね。
儲かるって感覚は「商人」ならではでしょうね。だから普通の
「勤め人」は「奉公」って感覚が浸透していましたよね。
日本人らしいですよ。
私の母も「奉公」って言葉をよく使っていましたね。学校の
教育方針も、そこに基づいているような気がします。
まぁ大分薄れてきましたけどね。
給料って「誰かのため」に使うって感覚だったんじゃないでしょうかね。
「親のため」「兄弟のため」「妻のため」「子供のため」って感じで。
もちろん自分のためってのは有りますけど、なんて言うか、
「育ててもらって」「送り出してもらって」「恩を返す」って流れが
出来上がっていたような。だから会社も「入れていただいて」って
いう受身姿勢が大前提なんですよね。
時代遅れでしょうね、きっと。
私は、この古い流れとか考えが良いと言っている訳ではないんです。
今生きている若者が、若者の「多く」が、この考え方は受け入れ難いと
感じていると思うんです。で、企業が変わらないんじゃ、やっぱ
社員は厳しいと思うんですよね。自殺してしまった若者は決して
仕事が嫌いって訳でもないし、会社に忠誠を尽くす覚悟で入社したんで
しょうけどね。度が過ぎているって事なんでしょうね。
みんなラグビー部に入っていた訳じゃないですからね。
さて今日のタイトルですが。
無いですね、私のところには。仕事の依頼(笑)もうさっぱりです。
仕事が忙しくて死にたくなるなんて気分になってみたいよ!と嘯く(うそぶく)
嘘です。もう死のうとした経験ありありですから(笑)
もう過剰労働は、しません。したくありません。
まぁでも。なんだろう。どんだけ暇でも建築設計や監理ってのは過剰労働だな。
とても収入は「あわない」し、いつまで仕事すりゃ良いんだろ?!って。
それでも生きるためには「仕事の糧」を見つけなきゃならないですよね。
で、どの程度「働いて」やめるとか、休むとかって「さじ加減」なんて、
できっこないですよね。特に自営業は。建築設計なんて「自由業」って
言った方が良いくらいですよ。私なんて事務所も自宅だし。
どっかに事務所借りて毎日8時に出勤すりゃ、ほっといても仕事の依頼が
来るなら、そうしますけどね。有り得ないですよ、そんなの。
看板見て「あっ!建築の相談に入ってみよう!!」なんて、建築の場合、
無いですからね。マジで。
それこそ、あっという間に電通と同じ状態になりますよ。日建設計も
家宅捜索、入らないのかな...安藤忠雄建築研究所にも行けば良いのに。
辞めたきゃ辞めなよって、みんな薦めてくれますよね、設計事務所は。
代わりなんて「死ぬほど」いますからね。安藤の事務所で働けるなら
死んでも良いくらい思ってる、馬鹿な建築家の卵は世界中にいますよね。
そういうことなんですよ。
残念ながら死んでしまった若者には「違う」場所が合っていたんだと思うんです。
病気になってしまってからでは「辞める」どころか、まともな判断や「思考」が
出来ないんですよ。健常者には「絶対に」分かりません。自分から死を選ぶ
ような状態ってのは、普通じゃないんです。理屈じゃ救えないです。
私は働くのが嫌いです。
でも建築設計が大好きなので、今、こうして生きていられます。
お金が無いと家族を養えないので困りますが、財布を持って出かけるって事も
結婚するまで「したこと」すらありません。財布、持ってなかったんです(笑)
いっつもズボンのポケットに「そのまま」入れてましたね。友人は、みんな知ってます。
お金は計画的に使ったりしないと「困る」ってことも随分年をとってから知りました。
そんな訳で働くのは嫌いだけれども、家族を養うのに窮している、
設計が大好きな建築家に「仕事」を与えてやってください(笑)
よろしくお願い致します。
※面白いアパート経営したいって方、是非連絡下さい!
atelier@urbangeardesign.com
054-206-4343
