2015年07月31日

住宅設計

久しぶり。本当に久しぶりに住宅の案件が出ました。

小さな家?小さいかどうか分からない(笑)
広いも狭いもなくて、何を置きたいもなくて。
どう暮らすかも結構「曖昧」で。(笑)

若者らしいですな。それでも良いですよね。私は好きです。
特に賃貸暮らしが長いと「箱」に合わせる習慣が出来ます。
「あるように生きる」ってのも大切ですよ。
「何が出来る?」っていう言い方も出来ますね。

インテリア好きって方が昔からいます。趣味の良い家具を
ちょっとづつ揃えるのも楽しいし。出来れば買い換えないで
所謂「一生もん」っていうか。
アンティークなんて考えてみれば人手に渡らなければ
永遠の存在ですよね。家具は、よほどのことがなければ
腐らないですし。

様々な雑貨が、ごちゃごちゃ同居するんでしょうけど。
よくよく見ると一貫性が有ったりして、面白いと。
そんな人が住む家は、まぁ「いじらない」方が良いですよね。
なぁ~んて、ちゃんとトラップ仕掛けて置くんですけど(笑)
明日から少しづつ考えます。  

Posted by アーバンギア at 20:51Comments(0)建築

2015年07月30日

雷鳴 地響き

突然、物凄い雷雨が、やってきた。
山だ。
こんな物凄い自然の驚異を目の当たりにすると
感じる、自分のいる場所。
ここは、やはり凄い場所なんだと。

いくつ目の前に雷が落ちたのか分からない程、落ちた。
今は少し良さそうにに感じる。雷鳴も遠ざかった。
雷が鳴ると電話線を引っこ抜く。もう習慣になった。
ガンガン雷が落ちると「ザマァミロ~」とか、ひとりで
言っている。小さな男だ。

私は怖がりだ。気の小さな人間だ。
雷が怖い。
小さな頃、おばあちゃんが雷がすると必ず
「のぶちゃん、雨戸を閉めとくれ、おひかりさんだ」と
言った。私は小学生の低学年。当時は木戸だった
「立て付けの悪い」雨戸を唸りながら閉めた覚えがある。

70を超えていた祖母は、本当に涙を浮かべながら
雷を怖がり、部屋を暗くするように懇願した。
なんでも小さな頃に雷が火の玉になって、いくつもいくつも
家の中まで入ってきたと言うのだ。
それが怖くて怖くて、トラウマになってしまったので、
とにかく雷が鳴ったら雨戸を閉めるんだと。

でも私には雨戸を閉めても、その雨戸をぶち破って
雷が家の中まで入ってきたと「物凄い」形相で言うのだった。
私は必然的に雷が怖くなった。必要以上に。

祖母が見た雷は「まぼろし」だったのだろうか、それとも
「本当」だったのだろうか、「心霊現象」かもしれない、
もしかしたら戦火を雷と混同しているのかもしれない。
今では確かめようの無いエピソードだ。

私は雷の「静電気」に感電した経験がある。
ギターを弾いていると弦に伝わってくる。怖い。

私は雷を「ただの自然現象」だと思っていない。
というか、思えない。
雷は「雷様」が鳴らしていると思えてならない。
だから雷が激しくなると仕事もやめて、何もしない。
雷の「調子」に、ずっと耳を傾ける習慣がある。

鳥や虫たちの声にも、じっと聞き耳を立てることがある。
「いったい何を言っているんだろう」
気になって仕方が無い。何を、どうして、そんなに
一生懸命に「音」を出すのだろう。

私も、どうしても叫ばずには、いられなくなることがある。
誰もいない家の中で大声で「悪態」をついている。
はたから見れば完全に「精神異常者」だ。
だが「言わずには」いられない感情だ。小声ではない。

鳥や虫たちの、ひっきりなしに鳴く声。
そして耳を塞ぎたくなる程の爆音の「雷鳴」。
雷神は何を訴えているのかと、気になって仕方が無い。
子供の泣き叫ぶ声。
今では少々懐かしくもなってしまった。

あの時、何をそんなに怒っていたのか。
何が、そんなに悲しかったのか。当の本人にさえ、今では
分からない昔話だ。
毎年、雷鳴を聞くたびに「昔叫んでいた」あの人たちの
「心の想い」を想像するのであった。



さあ明日は、プレゼンです!  

Posted by アーバンギア at 15:34Comments(0)あれこれ

2015年07月29日

勘違い

うちのママは「見捨てない」と「過保護」を
勘違いしているようです。
子育ては「突き放す」」瞬間も必要なんですが。

一生なめられて生きることになるんでしょうね。
結果は概ね15年後くらいに切実になると思います。

  

Posted by アーバンギア at 20:03Comments(4)子育て

2015年07月28日

物を売るための空間

ブティックのインテリアデザインをしています。
まだ一度もプレゼンしていないので、完全に
「手探り」状態です。当然要望をお伺いして
いるのですが、まとまりません。

設計ってのは実は簡単です。作るものが分かっていれば、
あとは、寸法と「納まり」を検討するだけです。
作るものを「考える」のが一番大変なんです。
希望というものが例えば「収納」が欲しいと言ったって、
容量が何㎥だの何リットルだのって言ってくれる人は、
まぁ、いませんから。

ブティックと言っても、大手のアパレルの直轄ならば、
大して大変じゃないんです。
大変なのは「セレクトショップ」。これは、何と言っても
オーナーの「趣味の部屋」に近いってのが問題なんです。
自分でセレクトしたグッズは服だけでなく、アクセサリー
だったり、バッグだったり、その他、雑貨だったりします。
へたすりゃ健康食品に書籍まであったりします。

それらの商品群を整然と陳列するだけでも大変なのに、
それらを「好みの空間」に「素敵に」並べなければならない。
そして「売れなければ」ならないんですから。
肝心の「売れる」ディスプレイでなければ、もう完全にアウト。
結構困るのが、この「売れる」ってことを忘れてしまっている
オーナーさんも多いってことなんです。

これは「店舗」全体に言える事です。
「すっとんきょう」な空間を作るのは簡単なのですが、
その空間が「受け入れ」られなければ、話にならないのが、
店舗設計です。コストの問題も重要です。相当にシビアです。
売りたい気持ちが先に走って、商品が「乱立」している
ケースも多く見られます。
ストックヤードを有効に使って、売り場は、気持ち良い空間に
仕上げたいものです。

コンセプトは立ったんですが...
まぁ難しいですよね、デザインってのは。



この馬鹿面も今では、こうなり。




でも...
























中身は何も変わっていないという。  

Posted by アーバンギア at 15:53Comments(7)建築

2015年07月27日

両立モード

仕事も勉強も継続して頑張ります。

沢山、設計とデザインをして、またギラギラの
感性を蘇らさせます。ひきしまった自分に
戻らなければです。

提案、立て続けに3件は結構しんどいですね。  

Posted by アーバンギア at 16:10Comments(0)あれこれ建築

2015年07月26日

花火大会

昨日は安倍川の花火大会でしたね。

昨日は日本全国で相当な数の花火大会がありました。
NHKを見てましたらPCによる解析をグラフィックで
表したものを流していました。思わず「へぇ~」ですよ。

昨日は私以外の全員が、その花火大会に出かけて行きました。
上から4人は友達と行ったそうです。小学生組は家内と。
3年前までは家族揃って最初から最後まで見ていましたね。
なんだか遠い昔のような気がします。

私は家でやる「玩具花火」の方が好きです。
子供たちが恐々と花火を持っていたのを思い出します。

じきにお盆です。
ご先祖様も加わって、賑やかな花火大会が催されます。



どうしても「じんべえ」を着て行きたいと、女の子みたいな
ことを言いやがって。小遣いをヘソくって内緒で購入。
どこが良いんだか。私には「必殺 仕置き人」にしか見えません。  

Posted by アーバンギア at 06:06Comments(0)あれこれ子育て

2015年07月24日

若い才能

一昨日「とある」建築家からメールが届いた。

私とは親子ほども年が違う若い青年からだ。
初めて、お便りを頂いた方だ。
要件は、私の設計した建築の詳細な「納まり」や
「部材」などを教えて欲しいという内容だった。
正直びっくりした。

納まりや建材などは意匠設計家にとってみれば「命」だ。
独自に考案した、それらは「仕事の種」であるからして、
「ただ」で教えるなどとは考えられない事ではないか?
師弟関係が有る訳でもなし。

でも私は聞かれれば教える。
過去にも何度か、このブログを検索で引っ掛けて、メールを
送ってこられた設計事務所や建設会社があった。
全ての問い合わせに、ノウハウを教えた。構わない。

実は、先に紹介した建築家からのメールが嬉しかった。
彼は、どうやら、やっと30歳を過ぎた頃のようだ。
私は、34歳のときにアトリエを開設した。
当時は本当に何も知らない若造で、なにをやっても
上手く行かない。何をしても失敗ばかりだった。
地獄のように苦労をしていたにもかかわらず「楽しかった」。

そう、楽しい思い出が最初に蘇る、
自分の手で設計を出来る喜びを心底感じていた。嬉しかった。
沢山の書物を読み漁り、建築の「すみっこ」を探求していた。
そう。隅が知りたかった。
学校で教えることや本に書いてあるような「誰でも知っている」
ことではなくて、「生の」「リアルタイム」の「答え」が
知りたかった。知りたくて知りたくて気が狂いそうだった(笑)

だって分からない事には設計が完結しないのだから。

メールをくれた若い建築家は、有名な大学の工学部を卒業して、
現在では国立大学の非常勤の講師までしていらっしゃる。
それでも知らないこと「知りたいこと」はあるのだ。
当たり前だ。
私は素直な、その青年に爽やかな感動を貰った。
自分が、彼と同じくらいの年の時に感じた「渇望」を思い出したから。
彼は、きっと今「不安」と「希望」を同時に持った、
実に不思議なエネルギーを原動力に毎日を生きている気がする。
頑張って欲しい。

いずれ彼が本物の建築家になった時に、後進の建築家に
惜しみなく技術を分け与えて欲しいと思う。
そうすれば、この世に存在する建築は、もっともっと素晴らしい、
存在価値のあるものになって行くだろう。
建築業界が大変なだけで、少しも儲からない、少しも
「社会の役に立てない」などと、未来の子供たちが
夢を持てなくなるような残念なことは決してあってはならない。

これからも人は「人として」生き続けるのだ。
人から人へ「つなぎ」続けながら。



今日は峰山小学校で「お楽しみ会」という名の毎年恒例の
「夏祭り」が催されました。残念ながら私は体調不良で、この
ショットだけ撮って帰宅しました。
この「たこ焼き屋」の屋台は娘と用務員の先生との合作です。
娘の物凄い意匠のこだわりで、先生も休日返上で娘と工事をして
下さいました。頭が下がります。

それにしても...やっぱ蛙の子は蛙ってんでしょうか...  

Posted by アーバンギア at 18:10Comments(1)あれこれ子育て建築

2015年07月23日

Mac ? Windows ?

OSなんですけどね。本質的には。

パソコン買うとき、何か買おうかなって考えますよね。
PCが普及して久しいですが。70歳代だけの世帯なら
PC無いよって家も沢山あるでしょうけれど。
40歳代、30歳代でPC無いって家の方が圧倒的に少ない
と思いますね。最近では。

もっとも皆さんPCを何に使うかって言ったら、それは
もう殆どが「インターネット」でしょうね。
それ以外にソフトを沢山入れて、使いこなしているなんて
人は、本当に、まだまだ少ないでしょうね。

で、世の中っていうか、まぁ日本では圧倒的にWindowsマシン
ですよね。昔はPCって言えばMacだったような気がします。
パーソナルコンピューターっていうと富士通かNECって
感じがします。私が生まれて初めて触ったコンピューターは
日立でしたね。パソコンではありません。デッカイのです。
その昔は結構DOSマシンを使うのには知識が必要でしたね。
まぁMacもですけど。
Macは小さくて、安くて、それが良くて普及したんでしょう。

日本て国は、ちょっと違います。ムーブメントっていうか、
もう普及イコール流行ですよね。早い話が「理由」なんて無い!
「みんなそうだから」ですよね。

昔昔の話になっちゃいましたけど「Windows95」ってのが
大ヒットしたことがあります。知ってるかなぁ。
当時は、まだまだPCが一般家庭には普及していませんでした。
仕事で使うか「オタク」だけが持っていたDOSマシン。
それを簡単で綺麗に使うことが出来るようにしたソフトだった
のですが、PCなんて全く知らない人たちが
「なんだ?なんだ?」と大騒ぎ。なんだか知らないけど、
凄いものが売り出されたんだってさ!!と。

ノートパソコン(決してモバイルではありません)ブームと重なり、
Windowsのパソコンを持っていることが「最先端」みたいな
感じになって、一気にマイクロソフトが儲かったのでした。
OSと呼んでいますが、そもそもDOSを操作するためのソフトですから、
Windowsマシンは、ノロくて重いって感じが昔はしました。
私が自分で最初に買ったPCはMacでした。 G3。

仕事で使うためでした。建築CADを使うためでした。
そのCADを選定するときに出たばかりのVectorWorksを選んだからです。
VWはWindows版もありましたが、もともとMiniCADというソフトの
改良版のようなものでして、それは当初Mac版しか存在しておらず、
Windows OSとの相性の悪さも指摘されていました。

そして何より出たばかりのG3の性能の高さと、その「デザイン」に
惚れ惚れしたからです。当時はPCは高価なものでしたが、G3は
とても高いPCでした。脚光を浴びましたが、デカイ!!高い!!で
一般家庭に入り込むことなど有り得ませんでした。
ところが、その直ぐ後に「iMac」という彗星のように現れた
スターがデビューしたのです。

可愛い!!!安い!!で「若者」を中心に大ヒットしました。
ジョブズ、凄いです!!です。
なぜiMacが普及したかといえば、今言ったとおり「デザインと低価格」です。
低価格と言っても「手が届く」という価格のことです。
その後、Windowsマシンは各「家電メーカー」の手によって「激安」、
「すっきりデザイン」という、完璧にApple社の戦略をパクッて、市場を
独占してゆくのです。

そうです。日本人はPCを使いこなしていなかったからこそ、簡単に
Windowsマシンに乗り換えることが出来たのでした。
もし本気でPCを使って、様々なソフトウエアを使っていたら。
簡単に全く互換性の無いWindowsに乗り換えることなど出来なかったはずです。
PCの価格など、ソフトに比べたら大した金額ではありません。
インターネットさえ出来れば良いPCですから、最初から
「あのウインドウズ」が入っている、安くてカッコいいPCを
「ジャパネットタカタ」かビックカメラで買えばいいじゃん!!となる訳です。

Windows向けのフリーソフトも沢山あります。
様々なソフトが市場占有率の高いWindowsを中心に開発されてゆきます。
性能も、すっかり良くなりました。そしてPCは売れなくなりました。
もう高止まりです。どこの家庭にもあります。そもそもインターネットだけ
使えれば良い程度のPC。デジカメの画像管理が増えた程度です。
もう壊れない限り必要ありません。

でもPCは壊れます。HDDが、いってしまうと、どうにもなりません。
突然来ます。
最近「iPhone」を持っている方が多いです。
なぜ?となります。あれだけアンドロイド携帯が普及していたのに。
全てSoftBankの戦略です。Apple社は日本でiPhoneを沢山売りたかったでしょう。
SoftBankは、なんとかしてDocomoのユーザーを取りたかったでしょう。
これは利害が一致します。
私は、あの95ブームを思い出しました。「なんで、そんなの必要なの?!」と。

ネットバンクに口座も無い、それどころかヤフオクすら落札経験も無い。
メールも打たない、そんな人たちが「スマホ」を持って、どうするの?と。
「Macを持っていない人がiPhone持って、良い事あるの?」と。

現在では、そういった「?」が噴出しないように、iPhoneは日本人が
満足する性能を前面に出していますね。
カメラの画質が高いとか。「カッコいい」とかです。
そうです。これです。Appleの製品は、もうとてつもなくカッコいいです。
このデザインに敵うドロイドは思い当たりませんね。まぁiPhone6は微妙ですが。

実はPCを買い換えたいんです。
ちょっと動きもおかしくて不安なんです。OSも古くてセキュリティに
問題があります。実は腰痛が酷くて、モニターの高さ調整が容易なものが
欲しいんです。もう「iMac」しかないんですよ、そうなると。
モニターも大きなものを使っているのですが、今では27インチが安価に
手に入るようになりました。なによりiMacのデザインは秀逸です。完璧です。
それでも。

それでも、Macに乗り換えるということは、全てのソフトを「買い換える」、
データが使えなくなるという一大事が起きるのです。
私の場合、ネットが使えれば良いという簡単な事では済まないので。
で、結果Macは諦めました。
モニター一体型で、高性能な27画面のWindowsマシンを見つけました。
少々信頼性に不安はあるのですが。
私が現在使っているPCと同じブランドです。

まぁ直ぐに購入するっていう訳ではないのですが。
こうしてMacとWindowsを比べていると、日本人の簡単な選択嗜好が
益々あからさまになって、強いこだわりを持っているマイノリティは、
日本人としては「はずれ」なのかなぁと、少し遠い目をしている次第です。  

Posted by アーバンギア at 19:54Comments(3)あれこれ

2015年07月22日

家 家庭

家に帰りたくない。

そこには住めない。

そりゃ問題だろ?!

どんなことがあったって「じぶんち」が
一番安らがないか?

俺は家で寝たいけどな。  

Posted by アーバンギア at 17:26Comments(4)子育て

2015年07月21日

本音

毎日毎日「文句」を言っています。
もし幽体離脱できたら。
自分の「わめいている」姿を自分で見たら。

がっかりも何も、まずは「怒り」が込み上げて
来るに違いありません。
なんで、そんなに怒ってるんだ?!と。
なんてみっともない様を晒してるんだ?!と。

人のことは「自分のこと」でも冷静に見れます。
そうです。自分のことを「他人事」だと思えます。
思えるときがあります。
その逆に、やはり自分のことだからこそ、むきに
なるっていうことだと思います。

怒りの根源から、ずっと遠ざかって、その周りにある
景色を視界に入れて見ます。
精神世界では時間すら巻き戻すことが出来ます。
自分のこと。自分の母親のこと。想像だって出来ます。
すると、どうでしょう。

怒りは収まります。
変わらないからです。自分も、そのずっと前の血統も。
大して変わらないです。
私は、幸せだと自覚しています。本当は。
不満と不平は、偶像です。

子供たちは、相当に素直で正義感が強く、楽しい子
ばかりが授かりました。情に厚く、実に人間らしい、
そして日本人らしい素晴らしい子たちばかりだと、
本当は心の中で喜んでいます。
感謝しています。それは久遠の母、ご先祖様、神様、
なにより「子供たち」にです。

「やらなければ」ならないこともあります。
しかしどうでしょう。「やれること」が大切なんだと
最近は強く感じるようになりました。
物事には「時期」というものがあります。

日照りの日に、むきになって、無理をして耕して
種を蒔いても、雨が降った後に軟らかくなった土を
耕して種を蒔いても「出来上がる作物」は同じです。
どちらが楽かは考える必要もありません。

いい加減年を取れば、それくらいの事は知っているんで
しょうけれど、私という人間は、それを知らなかったんです。
理解しようとしなかったのかもしれません。
人が変わったとは言いません。
しかし「相手が」あってのことです。どれだけ「むき」に
なっても叶わないものは叶いません。

上手く行かないときは「対象物」を大きな背景に置くと良いです。
実際に置いても、写真でも「空想」でも良いです。
空想が良いかも知れません。
私は息子を家の前の壮大な景色の中に置いてみました。
水色と桃色の空に日に焼けた痩せた息子が肩を丸めています。
自然と笑顔になれました。
泣けました。  

Posted by アーバンギア at 20:52Comments(0)あれこれ子育て

2015年07月20日

おっぱい

ここ数ヶ月ちょっと変わったことがある。
顕著になったというか、気がついたのだが。

娘たちが「裸んぼ」で風呂上りに出てこない。
ちゃんと脱衣所で着替えを済ませて出てくる。
実に「妙な」光景だ。

長女は小学校の4年生、つまり10歳くらいまで
自分のことを「俺」と言い、川に遊びに行けば
2年生くらいまでは、スッポンポンで遊んでいた。
デッカイ公園でもパンツ1枚で遊んでいた。
問題だ...

妹たちも似たり寄ったりだったが、やはり長女が
多少「女らしく」なってくると右へ倣えとなった。
それでも、へっちゃらで裸で歩き回っていたのだが。
どうも長女が「おっぱい」の膨らみを気にしだした
頃から、俄然娘たちは「女」を意識しだしたのだ。
う~ん。

中学に入って「はんちょー」とかっていう、ブラジャーの
代わりになりそうなものを着け始めたのだが。
5年生の妹の方が最近じゃ、デッカクなったてきたような。
寂しい。実に寂しい。

分かっちゃいた事だが、本当に寂しい。
そうだ、みんな「大きく」なるんだ。

もうじき、みんなとの「お別れ」が、やってくる。
ずっと親子なんだけど、それとは違う関係になる。
準備する期間が無かった。
すっかり考えないでいた。

もう「受け止める」時期になっていたんだ。
馬鹿だった。



もうじき一人暮らしを始める長男に「簡単激安料理」を
教えなければならないのですが。中々そんな時間も無くて。
安いだけでなく栄養も考えて上げなければですしね。

これは100円で買える「揚げ玉」と「増えるワカメちゃん系」と
「ねぎ」を胡麻油、ラー油、醤油で合えたものです。
酒の肴にもバッチリで、丼1杯「10円」程度で出来ます。  

Posted by アーバンギア at 20:13Comments(1)あれこれ子育て

2015年07月19日

依存症

実に夏らしい今日だった。

先ほど夕立が通り過ぎていった。
ヒグラシが鳴いている。
すでに草むらでは「鳴く」虫が饗宴している。

長男と私の二人きり。
それ以外の家族は部活の応援だったり、部活だったり。
娘たちと家内は「大浜プール」に行った。
私は晩酌をして、すっかり疲れ切った体に鞭を打って、
皆様の為に「おにぎり」を作っておいた。
出かけるなら、せめて「水筒」の用意ぐらい自分でしろって。

それでも私は気分が良い。
外で夢中で遊んでいるうちは「携帯電話(iPod含む)」を
触る時間が激減するからだ。
長男は、そうでもないのだが、男子ふたりと長女と次女、
それに家内に関しては、もう「依存症」だと言える。
ずっと触っている。

当然、家族同士で「目を合わせる」時間は「滅多に」無い。
いつから、こんな風になってしまったんだろう。
インターネットの普及だけでは、ここまで深刻にならなかった。
一家に一台が普通のPC。個人個人で所有しているという
お宅は稀であろう。つまりは「スマートフォン」の台頭だ。
本ををただせば「iPhone」が全ての元凶。
スティーブ・ジョブズは、このような状況に陥ることを
予言していた。そしてスマホとの上手な付き合い方も
提言していたのだが。

果たして神器は「猿」に与えられたのだった。

携帯依存になると「会話」が億劫になる。言葉を深く読まない。
人の気持ちに鈍感になる。
とてつもなく「短絡的に」ものを受け取るようになる。
これが最も重要なマイナス点だと感じる。

先だって芥川賞が決まった。
芥川賞は純文学の新人に与えられる栄誉だ。
純文学は正直「刺激」が弱い。実にマッタリ感が漂っている
気がする。そんな訳で、活字離れが激しい現代人にとって、
相当に「遠い存在」であることが、うかがい知れる。

依存していることが「症」であるのだから、これは病気だ。
依存という病気は自発的に治癒に向かうことは極めて困難だ。
「強制」されても難しい。
薬物などの依存は一生治らないとも言われている。

さて、この依存症。
直すというよりは、「他の刺激に置換」することで、距離を
設ける事が可能になる。その刺激が体に良い事であれば、
どんどん刺激を追及すると良い。

夏空の下のプールで「笑う」。泳ぐ。笑う。食う。泳ぐ。笑う。
最高じゃないだろうか。

実は建築士試験の「法規」の科目では法令集の持込が許されている。
しかし、この法令集を「馬鹿」丁寧に引いている時間など、
全く無いのである。
そんなことは十分承知しているのであるが、勉強をしている時は、
法令集にベッタリなのである。
正直、本試験では「勘」である。勘を養わなければ高得点は
望めない。これだけ複雑な建築基準法、その他、関係法令を
完全に熟知している建築士など「どこにもいない」。絶対に。

学者でも無理だ。

そこで過去に出題された問題を「丸暗記」するしか手が無い。
条文を完璧に覚えることは無理でも「これは、おかしい」と
ズキッとくるようになってくるのだ。
なので、馬鹿正直に法令集を片手に一問一問やっていては、
永遠に合格など出来ない。これは構造の科目、いや試験全般に
言えることだ。「慣れ」が必要なのだ。

自転車に乗れるようになるには、いつまでも「補助輪」を
付けたままでは不可能だ。
私も先ほど「法令集依存症」から立ち直ることが出来た。
なぜ出来たかって?

それは夏空の下で陽気に、はしゃいでいる娘たちと家内の
「笑顔」を想像できたからだ。

法令集を「舐めすぎて」すっかり唇が「しょっぱく」なった。
少々舌も荒れてしまった。
こんなものをペラペラやりながら勉強していたんでは、益々
建築が嫌いになっちまう。
ビール片手にプールサイドにでもいるような気分で
ガシガシ問題を解くくらいでないと楽しめないのである。  

Posted by アーバンギア at 17:13Comments(0)あれこれ

2015年07月18日

苦戦

ここに来て発作に苦しんでおります。

痺れて痺れて堪りませぬ...

目眩は捻じ伏せていますが、どうにも脳のストレスでしょうか。

長男が模試を受けてきました。終わったの18時30分。
ぐったりしていました。可哀想に。
きっと出来なかったんです。初めて弱音を吐きました。
それで良いです。

なんとかしてあげたい。
でも、これは息子の戦いです。
話すと泣いてしまいそうで、言葉に詰まってしまいました。
私は綺麗な夕焼けの方を見たまま運転していました。

やっと言えたのは「お前とおんなじ気持ちのやつらが」
「沢山受けるんだ」「その中で受かるやつと落ちるやつの違いは」
「それは、モチベーションだ」「最後まで諦めないやつが合格する」

私も頑張ります。  

Posted by アーバンギア at 21:42Comments(0)あれこれ

2015年07月17日

作業興奮

昨日の記事を開くと下の方にバナー広告が。

なぜか、ゴルゴ13が、睨みを利かせて
「養命酒」を宣伝しているという。

男気溢れる記事だったのか。その割には軽く笑えるが。

さて「作業興奮」という言葉がある。
脳みそは疲れ知らずなんだそうな。

勉強や面倒な作業は中々やる気になれない。
大概の人は、そうではないだろうか。
でも、それをやらなければ重大な損失や欠陥を生み出して
しまう事も十分に理解しているのだ。

脳というものは実に不思議だ。

作業興奮とは「しぶしぶ」始めた事でも、やっているうちに
「面白く」なって、ついつい夢中になってゆくという、
健常な人間であれば誰でも「当たり前」に起こる脳の
興奮状態を指していう。

勉強などの場合、とてつもなくハードルが高い。
なので「とりあえず」の勉強でも始めるのに勇気がいる。
そこで、勉強をするでもなく、机の整理でも構わない。
とにかく「空間」を作らなければ始まらない。
机が綺麗になったら本を開いてみる。なんとなくでも良いから、
「活字」を追ってみるのだ。すると脳は、もう「イヤイヤ」を
発信しなくなる。
それどころか、みなさんご存知の「ドーパミン」なるものを
出して、疲れを取り除いてくれる。

10分のつもりが、1時間くらいは、あっという間に
作業を継続することが出来る。逆に脳は疲れないと言ったが、
実際には身体的には疲労が蓄積してゆくので、適度に
休憩を入れたり、無茶な継続時間を設定するのは非効率だ。

それでも、この事実を知っていても勉強や面倒な作業を
始めることは難しいだろう。
最初に戻るが、これこそ「魂」の存在の証明だと思うのだ。
物理的には折角やろうとしている作業の補助を、しっかりと
行う設定になっているのに、その「初め」については全く
身体的には解決する機能を持っていない。

「研鑽」

神様が与えてくださったと腹の底から感じる。
親になった今だから、本当に感じる。
「さあ、助けてあげるから、兎に角やってごらん」
神が、そう言っている様に感じてならない。
大丈夫、何の心配もいらない。そう言っている。

私は、子供に成長して欲しいと強く願っている。
谷に突き落とすような育て方はしない。寄り添う。
しかし、何でもかんでも親が、やってしまったんでは、
子供は、何も出来るようにならない。
そうだ「覚える」こととは違う。出来るようにならなければ、
人は「意味」がないのだ。

やって見せても構わない。
その後に「自分で」始めてみなければ、学習したことにならない。

脳にある「側坐核」という場所がある。
この機能を思うたび、神も子煩悩だなぁと感じる。
常用性がある「パラドックス」を、どう扱うか。
それだけを神は私たちに委ねているのだから。

あせり。
それは本気になったときに初めて現れる、顕著な心因性。
焦ってからでは遅いが、焦らないと学べない。  

Posted by アーバンギア at 20:04Comments(0)あれこれ子育て

2015年07月16日

笑って生きて欲しい

笑って生きて欲しい。

笑っていて欲しい。

夢中になったり、悔しがったり、泣いたり。
それは勝手にしてくれ。

お前たちが幸せなとき、どんな顔をしている。
どうだ、笑っているだろう。

人は心穏やかでも、歓喜に咽ぶときも笑顔だ。
様々な笑顔だ。
お前たちが笑っていたい、そう思うのなら
笑って暮らすことが出来る。

美しいものや楽しいものを見るとき、
私たちは笑顔になる。笑っている。
特別なものや特別な場所など必要ない。
それらは私たちの生活の中の至る所に臆面もなく
寄り添っている。

鏡を見てみろ。
鏡を見て笑えるか。
それは作り笑顔だ。
鏡を見て笑おうとしても腹の底からは笑えない。
だって面白くも楽しくもないんだもの。

私は辛い時や悲しい時にまで笑っていて欲しいと
言っている訳ではない。泣きたい時は泣け。
怒りたい時は怒れ。それが人間だ。生きている証拠だ。
だけど。
幸せに生きたいならば、笑うんだ。

お前たちが笑えるものを見たとき、それは輝いている。
お前たちが笑っている姿を見て、その人たちは笑う。
お前たちが幸せな様子を見て、その人たちも幸せになる。
お前たちが悲しむ様子を見て、その人たちも悲しむ。
お前たちが怒っている様子を見て、その人たちは怯える。

怯え悲しみ苦悩する人たちを見て、お前たちは笑えるか。

お前たちの悲しみと苦しみは永遠に続くことになる。
どうやって、それらを絶ち切ることが出来るのか。
それは笑顔だ。

人は鏡だ。
お前たちの心を映し出す、魔法の鏡だ。容姿だけではない。
お前たちの心の中まで、すっかり表情に映し出す。
体全身を使って、お前たちのことを表す。
人は鏡だ。

人を愛せないものもいるかもしれない。
自分を愛せないものもいるかもしれない。
それでも苦しみや悲しみを幸福よりも愛するものはいない。
術を知って生きる。
笑えばいい。
笑って生きればいい。
どうやって笑えばいいか分からないか。

簡単だ。
それは鏡だ。
自分が、どれだけ楽しいことを想像しても大して笑えやしない。
自分が楽しいことを追求しても、それは大した笑顔を作らない。

そうだ。人を笑顔にすればいい。
人が笑っている様を見る、思い出す。
一度始めた笑顔作りは、次々に笑顔を作り出す。鏡の世界だ。
お前たちは最初に笑うか。
それとも笑ってもらって笑うか。
好きにしろ。

俺は、お前たちが笑っている様子を見て、生きた証とする。

本多信章


  

Posted by アーバンギア at 17:04Comments(3)子育て

2015年07月15日

キャラバンのバルブを交換する

参りました。

3日ほど前から左のヘッドライトの電球が切れて
いるのを知っていたのですが。
まぁ夜乗らないしってことで「放置」。

だって交換が大変なんだもの。

何ヶ月か前に右を交換したんです。
通常、片方が切れたら、もう片方も「直に」
切れるってのが定説ですから、基本的に「同時交換」
なんですよ。でもやらなかった。

もう、片方やっただけで「ヘトヘト」「クタクタ」。
普通乗用車なら、そんなに苦労は、しません。
私は暗がりでも「手探りで」交換してしまうほどです。
まぁ自分の車で慣れていればの話ですけどね。
バルブ、つまり電球のことなんですが、こいつを
固定しているのは「バネ」なんですが、まぁ針金状の
ものを曲げて突起に引っ掛けてあるだけなんです。

それにしてもボンネットを開ければ、ドライバーも
いらないで交換できてしまうものが圧倒的です。
それがキャラバンときたら。
「フロントグリル」と「サイドマーカー(ウインカー)」
まで外さなければ交換できないんでございます。

問題はフロントグリル。
ビスは2本しかなくて、あとはプラスチックのストッパーで
留まっているんですが、このストッパーが食わせ物。
グニャグニャしてるし。そもそもマイナスのドライバーで
回すんですけど「どこにあるのか全く見えない」んです。
明かりを当てても見えない。
仕方が無いので「勘」で、ゴリゴリゴリゴリやるんですが、
全く手応えが、ありません。

大概この辺りで「くそー、たたっこわしたるっ!!」と
なって、無理やりグリルをバキバキ引っぺがします。
するとストッパーが駄目になり、新品に交換するという
ことで、ディーラーは対応しているんじゃないでしょうか。
私は短気を起こしても上手いこと外れてくれましたが。

で、ウインカーもビスが1本で止まっているだけ。
ネットで調べても、ドアを開けて、そのずっと奥にある
ビスを緩めるんだと説明を見つけるも、私の車には、そんな
ものは見当たらず。これも、終いには、イライラして、
ドライバーで、こじてゆくと「バキッ!!」と外れました。
私のは、どうやらクリップで嵌め込んであるだけの仕様。
まぁ正解の外し方だったという。

で、やっとヘッドライトをアッセンブリー状態で外すんですけど、
ボルトが、けちって「鉄製」なのでビンビンに錆びちゃってる。
ドライバーじゃ回らない。
うちにはラチェットが無い(子供に無くされた)。
涙が流れそうになったところで、草刈器の歯を交換するときの
ソケットが、なんとなく合いそうに感じたので物色。
あった。

右側を交換したときは雪が降りそうな寒空だった。
片方が限界で元に戻す。それもグリルのせいで一苦労。
今日は炎天下で、イライラもピーク。グリルなんて、もう
割れてしまえ!とばかりに「ぶん殴って」戻す。
速効で、シャワー。

H鋼の全塑性モーメントを計算していたので、余計に
イライラしていた訳であるが、まぁなんとかなった。

グリルのストッパーまでの「距離」も図芯までの「距離」も、
どっちも「見え辛くて」かなわねーなっ!!って話でした。



金が、もったいないという貧乏な理由もありますが、
これだけの作業なので、ディーラーまで行って「そこで待ってる」
時間のことを考えると、もう「山暮らし」は「DIY」しか
ないんですよ。

PS:ボンネットに映りこんだ「白雲」が夏を感じさせますね。  

Posted by アーバンギア at 17:04Comments(0)あれこれ

2015年07月14日

今日はパリ祭だね。

今日は、パリ祭ですね。

私は自分の誕生日を中学生になるまで
ちゃんと覚えられていませんでした。
凄いでしょ?

「お前は確か7日に生まれたんだよな」と
母が言ったのを、はっきりと覚えています。

私は、子供が多いので、子供の誕生日を間違えることが
あるのですが、小さなときに母が言った、その一言が
「ああ、僕は本当は、お母さんの子じゃないんだ」と
心の中でつぶやいて、相当に悩んでいましたね。

母子手帳には「7月4日」と書いてあります。
母は「7月7日」と言います。こんがらがった私は
「7月14日」が誕生日だと思い込んでいたときがあります。
発達障害児です。

14日が、パリ祭だと知ったのはTVドラマ
「天皇の料理番」を見たときです。先日終了したバージョン
ではなくて、堺 正章主演の古いドラマです。
大変に感慨深いドラマでした。

実際にモデルとなった秋山徳蔵は最後に「今日はパリ祭だね」と
言って息を引き取ったそうです。
彼にとって、青春時代を過ごしたパリでの「生活」は、
かけがえのない財産だったことでしょう。

梅雨明け宣言は、まだありませんが、まぁ明けた感じですね。
今日の夏空を見上げると、小さな頃に夢中になって
野山を駆け回っていたことを俄かに思い出しました。
汗だくになって帰ってくると扇風機の前に陣取って。
母が、カルピスを出してくれました。

毎年まともに宿題を出したことは、ただの一度もありませんでした。

パリ祭は花火が沢山上がります。

私は、遠くを見ながら耳を澄ませてみます。
母と弟と見た、みなと祭りの花火の音が聞こえてくるようです。



今日の空は完全な夏でした。  

Posted by アーバンギア at 18:10Comments(3)あれこれ

2015年07月13日

梅雨明けですか?

今日は「曇り」の予報でしたが、朝から上天気。
でも、さんさんと降り注ぐ日差しの中、山では
ミストシャワーが降りました。本当に狐が嫁入り
したんだと思います。幻想的。

明日も晴れるようですね。
台風が近づいているので週末から日曜に掛けて天気は
崩れるようですが。
この前の大型台風が前線を押し上げてしまったんじゃ
ないでしょうかね。凄まじい熱さです。

山は楽ですよ。
下界との気温差は8℃以上ですね。
街中は、ヒートアイランド現象がありますので、夏場は
冬場と違って気圧差だけではないんですね。
私は、ずっと山にこもっていますので、下界は、キツイです。

今しがた、スパゲティのミートソースを5人分作りました。
出来合いのソースです。
ここのところ受験勉強でもうろうとしているので。横着。
月中にして台所事情も既に火の車。スパゲティ様様です。
まぁでもサラダにパプリカ入れたし、トマトも入れたので、
「やってやった感」は、ありますけどね。

過去を振り返るのが苦手な私が「過去問」漬けの毎日なのでした。

PS:私のブログ友達のKSさんは炎天下を「とかげ」の為に
這い回ってきたというのに「パエリア」を炊いたとの事。
俺もスペイン魂と建築士試験の両立をしたるで!!と燃えたのでした。

PPS:まぁ出身は清水なんですけどね。



こんなに素敵な夕焼けでした。  

Posted by アーバンギア at 19:16Comments(0)あれこれ

2015年07月12日

飾り

飾り物だった私が

その「お飾り」の役目も終えた。




1.飾り
〔動詞「飾る」の連用形から〕①美しく,また立派に見えるように添える物。
②うわべだけの美しさ。虚飾。「-の多い文章」「-のない人」
③実質的な役割より,見かけをととのえるためにあるもの。

「会長といっても-だ」「-ポケット」④(多く「おかざり」の ...


大辞林 第三版
  

Posted by アーバンギア at 16:08Comments(4)あれこれ子育て

2015年07月11日

新国立競技場

う~ん、つにというか、やっぱり、この「ネタ」で
ブログを書く日が来てしまったのか。


今、大変な話題というか「騒ぎ」になっている
東京都に新たに作られる「スタジアム」の問題。
オリンピックの為に作られるってのが「本筋」だ。
もちろん後々様々なスポーツやイベントに
使用されてゆく予定なのであるが。

今日は建築のことを知らない「人」のために、
この「どえらい」ことになってしまった事件の
「何が」どえらいのかを解説してゆきたいと思うのである。

さて何が問題かって言うと、そりゃもう「金が掛かりすぎる」
事が最大の問題なのである。今のところの建設予算は、
2500億円強だ。これは、さかのぼることオリンピック「5大会」」分の
スタジアム建設費の合計と同じくらいになる。
もう、この時点で「無いでしょ」なんである。

私は当初、このコンペの結果を安藤忠雄が発表したときに
パースを見て「何が凄いの?」と首を傾げた。
そのときに建設予算は知らなかったが、どう見ても
「ロンドン」や「中国」のときのスタジアムの方が
訴求力が、あったように思った。
つまり分かりやすかったのだ。

正直「でかすぎる」建築には興味が無いので、それ以上
その「どうでもいい」スタジアムについて、詮索も
しなかったのだが。
ここのところの大騒ぎで、その「構造」だとか、「予算」に
ついて知って「ハァ~?!そんなん有りなん~?!」と
どっぷりと疲れたのであった。
この疲れは「建築関係者」特有のものであろう。

一般の方は「怒り」を覚えるのだろうが、建築家ならば、
それを一気に通り越して「脱力」する事実なのである。

話を聞けば、まぁ面白そうな建築なのだけれど、これが
「コンペの一等」になる理由が全く理解できない。
私がコンペの結果を見たときに安藤は
「これは建築への挑戦です」とかなんとか言っていた。
当時、いったい「何が」挑戦なのかと首を傾げたが、
話題になっている「梁」の事だったのかと今になって知る。

我々「意匠」建築家は、自分が考えた「デザイン」を
実施させるための「構造」を求める。
つまり「構造ありき」では、ないのだ。
ただ。構造設計建築家という方々も存在する。
美しい、未来に向けた構造を芯として考えられた意匠も
確かに素晴らしいのだ!!!
いったい、どうやったら、こんなものが成立するのか?!と、
設計者に直接話を聞いてみたい衝動に駆られる。

今回の構造の特徴は「むちゃな長さの梁」である。
実は、解体してしまった代々木体育館も「むちゃな構造」であった。
設計したのは「丹下健三」だ。
丹下健三は安藤忠雄より、ずっと年上で「格が違う」建築家だ。
私は個人的な嗜好でいけば、丹下健三は好きではない。
安藤忠雄の建築の方が「シンパシー」を感じる。それでも
安藤の建築が好きかといえば、好きな方には入らない。

ただ。人間としては、好き「だった」。
先ほど「格が違う」と書いたが、丹下は東大出だ。
安藤は「高卒」である。二人とも「大阪」出身。
ただ丹下は大正生まれ。安藤が工業高校に通っていたときに
教科書に丹下は出てきたのである。

私は建築の専門知識を「学校」という場所で一切受けていない。
こんな「俺」でもやっていけるのか?と散々悩んだが、
そこには安藤忠雄もレム・コールハースもいた。
そうか、気持ちさえあれば、堂々と建築家としてやっていけると
縮こまった心を後押ししてくれた「先輩」が」安藤忠雄である。

話は、それたが、二人には、もうひとつ強力な共通点がある。
それは「プリツカー」の受賞だ。
親子ほども年が違う二人だが、丹下に遅れること「8年」で
安藤は、プリツカーを受賞する。
丹下は、どんな気持ちだったろうか。
丹下の愛弟子たちも受賞はしているが。この「ならず者」的な
建築家が受賞したことを、どんな風に感じていたのか。
想像するのも楽しい。

そして日本建築という、まるで「飛鳥天平文化」だけしか、
価値の無い建築様式だと世界中に思い込まれていたところを、
丹下の「オリンピックスタジアム」、そう代々木体育館で、
一気に世界に日本のコンテンポラリー建築を知らしめたのである。
これだ。

安藤忠雄は自ら設計案を出したかったに違いない。
絶対にそうだ。
でも、コンペの審査委員長になってしまった。自信が無かったのか。
そうは思いたくない。彼には「死ぬまで」戦っていて欲しい。
黒川なんかと違って、無様に死んでいって欲しい。
さて、でもだ。
安藤は設計案の選定にあたって、先駆者の丹下の「構造であっといわせた」
歴史を現代の東京で再現しようと試みたと私は推察している。
違うか?

安藤は「サラブレッド」に憧れていたのかもしれない。
これは私のような「野良犬」でなければ分からない心境だ。
安藤は東大でも教鞭を執っている。
すさまじい情熱で世界中で建築の実施や活動を実践してきた。
でも彼は「野良犬」だ。

1300億円という途方もない金額の予算でさえ、考え物だ。
猪瀬は本物の大馬鹿野郎だ。野田政権もノータリンばかりだった。
その中で。安藤は分かっていたはずだ。
この馬鹿馬鹿しいデザインが、こんな「はした金」で作れないことを。
このスタジアムが完成すれば、世界は「あっ!!」と言うだろう。
だが、それは「一瞬」だ。

この「大飯食らい」」の建築物が、これからいくら金を
食っていくのかと、世界中が話題にして笑うのだ。
建築士なら散々教わる「LCC」。
ライフサイクルコストと言います。建築物が企画されて、それが
解体されるまでの全ての「金」について言います。
この無茶苦茶な梁を脆性崩壊させないように、定期にメンテナンスをし、
資産価値を維持させるには、建設費よりも掛かるのです。

自民党は税金を一気に「支持母体」に、ばら撒きたいのでしょう。
正直ラグビーの試合時期なんて、どうだっていいんです。
総選挙のタイミングに合わせなければ、なんにもなりません。
一箇所に落とせば、法人税で結構な額が返ってきます。と、もくろんで。
そして安藤は、自分の憧れていた本物の「世界」を手に入れる。
野良犬と呼ばせないために。

でもどうでしょう。
彼なら、どっちが「かっこいい」か十分に分かっていると
思うのですが。

私が今日、解説した建築を知らない人のための「裏話」は、
あくまで想像です。想像に過ぎません。
ですが、現代に求められている「建築像」とは乖離した建築が、
途方も無い金額で実施されようとしています。完全な「負の遺産」です。
こんなものを作るよりも「1000万円」で作ったダンボール競技場の
方が、現代では絶対に支持されます。本当の建築への挑戦は
「構造」ではないんです。

私は「意匠」でもなく「構造」でもなく「存在」への挑戦こそ、
建築行為の最も重要なフィジビリティスタディだと考えています。


※訂正とお詫び

昨日KSさん(建築家です)からご指摘を頂きました。
丹下健三、設計による「代々木体育館」は壊していないと!!!
私は、今回の東京オリンピックのことも、新国立競技場の
ことも詳細に知らないで(部分的には相当に詳しいですけど)
思いのままに記事を書きました。この部分については、お騒がせを
したと反省しております。ごめんなさい。


まぁでも、もしっていうか、代々木体育館が現存であるならば、
これは益々、新国立競技場の現行設計案が選ばれた理由は、
この記事にあるような感情が働いたと思わざるを得ません。

みんなで、もっと安上がりなスタジアムを作ってもらえるよう
声を上げましょう!  

Posted by アーバンギア at 19:00Comments(6)建築