2017年02月22日

独裁者の台頭

あまり書きたいような記事じゃないんですけど。


「シリア」という国の名前を聞いたことがあるだろうか。
日本とは、余り馴染みがないので、それが国の名前だと
分からない人も相当に多くいるのでは無いだろうか。
シリアの人たちを救う手立てが無いものかと、私は
結構悩んでいる口だ。

シリアという国は中東にある小さな国だ。
地中海に面している美しい街だった。お隣は、トルコやイラク
といった国。目の前にはキプロス島もある。なんとなく日本人
からすればエキセントリックな国であることが想像出来よう。
その国の現大統領は「アサド」という極悪人だ。

シリアは内戦状態にある。
内戦ってのは簡単に言ってしまえば「政権」の奪い合いを
行っている訳だ。政権を奪い合う。そうだ、民主政治ならば
「選挙」によって政権を交代させれば良いとなるのだが。
なぜ今日このような記事をしたためているかと言えば、
我が家の家内を含めた子供たちのように、全く政治にも
世界情勢にも興味が無い人たちに少しでも知って欲しい
「現実」があることを書き記しておこうと考えたからだ。
少しでも多くの人の目に留まってくれれば嬉しい。

さてシリアの内戦は政権の奪い合いだと書きましたが、
実は「一応」宗教戦争という「カタチ」になっています。
信仰の違うもの同士が戦っているのですが、こんなもの
「とってつけた」様な理由でしかありません。アサドは父親から
受け継いだ磐石な政治基盤の上で「あっさりと」大統領に
なりました。実際アサド家は50年近くもシリアを独裁的に
支配しています。民主主義国家となっていますが、実際には
完璧な「独裁国家」なのであります。
アサドが大統領の座から引き摺り下ろされれば、「間違いなく」
身包みはがされ、その末代まで皆殺しにされるでしょう。

それを恐れて大量大虐殺を繰り返す毎日です。
自分の政権に反対する、つまり「敵」は全て殺して、その家族の
幼子にまで手にかけます。容赦ない拷問と虐待で国民から
生きる気力を完璧に奪い取っています。面倒な事に、その
どさくさに「イスラム国(IS)」と名乗る鬼畜の集団が入り込んで
きたりしています。

独裁者と聞けば誰でも「ヒトラー」を思い浮かべるのでは
ないでしょうか。最近ならば金 正恩でしょうかね。
彼らのしたこと、していること、それ以上に恐ろしい「身勝手」は
世界の「あちこち」で行われています。信じられないでしょう?
アフリカなんて、本当に「人権」なんてものを現実で語れるのかと
疑いたくなるような国が、いくつもあります。
「オマル大統領」というスーダンの大統領も鬼畜の所業です。
ところで、このような「小国」が「なぜ」いつまでも戦闘や虐待を
続けることが出来るのか?そこに疑問を持ちませんか?

戦争ばかりしていれば生産性のある事は出来ませんよね。
国民から税を徴収する事も出来ませんし。だから「略奪」するのです。
シリア周辺には石油が出る国もあります。そういった国と仲良く
することで資金を調達するのです。金を出せば「武器」を
買ってもらえます。いつまでも戦ってくれれば武器を売り続けられます。
借金にもならない金を提供し続けていますが、もっと大きな国に
対抗するために「馬鹿」を育てている訳です。
実は、こういった、クズ独裁者が台頭している国には「ロシア」や
「中国」が深く関わっています。

例えばシリアの場合、現政権に「たてついて」いる「スンニ派」と
いう勢力があります。スンニ派を支持しているのはアメリカで、
アサド政権を支持しているのは、ロシアなのです。先ほど出た
オマルを支えてきたのは中国なのです。中国は、スーダンにある
「石油」が目的でオマルに協力してきたのです。恐ろしいことに
スーダンにある石油の殆どは中国のものです。スーダンにある
武器は、殆どが中国製なのです。
自国の利益になれば内戦を煽って、大量虐殺の手助けまでする。
なんと恐ろしいことでしょう。

殴り合いを「自分から」止める事でさえ勇気が要ります。
それは殴る手を止めれば、相手が殴り続ける危険があるからです。
そして、もうひとつ。相手を恨む気持ちは、その場で消え失せる事は
凡そ考えられないからです。最近ニュースを賑わせている北朝鮮の
疑いも、それと同じでしょう。
独裁者は、独裁者でも身勝手な考えで国民を食い物にしてきた
ものは、やがては保身に走ります。
多くの残忍な独裁者の画像を見る限り、やはり普通の「人間」の
顔に見えます。しかしその内には悪魔が巣くっているかのような、
凡そ人間性の感じられない残忍な行いを平然と「指示」するのです。
そうです、みな「自分の手」で行う訳では無いのです。

命令に従って女、子供や年寄りを虐待したり暴行したりして、最後には
死に至らしめるなどということを人間は出来るのでしょうか。
それも「保身」のひとつかもしれません。
確かに人間、誰でも「自分」が可愛いです。目の前で困っている
人がいたとしても自分の身に危害が及びそうであれば、
見て見ぬ振りをするのではないでしょうか。正義感に突き動かされて、
命も顧みずに行動できる「魂」は極々少数だと私は思います。

昨日のニュースでは今話題のフィリピン大統領が前職の警官だった
ときに大量暗殺に関わり、また容赦ない人道的にも決して許される
ことのない殺人の指示を多数出していたことを認めた記事が出ました。
実は、この「保身」とは限りなく「身勝手」と近しい関係にあると私は
考えています。
「大義名分」という言葉があります。
大義名分という言葉は随分と古くから有る言葉ですが、日本で
定着したのは、やはり幕府が終わるときに掲げられた「尊皇攘夷」
からだと思います。

大義名分とは行動を起こすにあたって、その正当性を主張するための
「道理・根拠」のこととして言うようになりました。でも多くの日本人で
あれば大義名分があれば「何をしても良い」などとは行かないものだと
認識しているのでは無いでしょうか。どうかすれば「大義名分」は悪い
ことを断罪するときに使われる言葉のようにも感じます。
それほどまでに「道理」や「根拠」が有っても、「事」の変革には慎重に、
また誠実に当たらなければいけないと、幸福の中に生きる人たちは
考えると思うのです。

独裁者の「何が」悪いのかと言えば、それは「身勝手」ということに
集約されます。身勝手なものは何も独裁者だけではありません。
最近のネットでは、誰かが「非難」を始めると、寄ってたかって、その者を
攻撃するというスタイルが常套化してきました。炎上というやつですね。
自由に発言が出来るということは本当に素晴らしいことです。
自分の「考え」を多くの人に聴いてもらえることは現代社会のひとつの
福音であります。
しかしどうでしょう。「考え」ならまだしも「思ったこと」「思いつき」を軽率に
「個人」に向けて発信するのは独裁者の「身勝手」と同じだと言えます。

ネットでの「匿名」での書き込みは「保身」が担保された状態です。
それで個人を攻撃するなら独裁者の独善的な政治と変わりありません。
世界中に独裁者はいます。プーチン大統領も、その一人です。
気に入らなければ殺してしまえばいい。それは究極の身勝手です。
毎日のようにニュースでは暴行殺人や幼児虐待殺人のニュースが
流れてきます。正直辟易します。

人類が誕生して久しいです。
なぜ独裁政治や独裁者の台頭が終わらないのでしょうか。
日本は非常に優れた民主国家の「体」を成しています。
ですが、完璧な「官僚支配」が成されているだけです。優秀な官僚の
御蔭で国は「安定」し安心して国民は暮らしていられます。
さてどうでしょう?

誰でも日本人なら学校で教わりました。「なぜ江戸幕府は終わったのか」。
でもちゃんと説明できる日本人は少ないと思います。だって「核心」に
ついては学校では教えてくれませんから。戊辰戦争は「内戦」です。
1868年に勃発です。150年くらい前の話です。
それから50年も経たないうちに第一次世界大戦を始めます。
そしてそれから25年くらいで第二次世界大戦になってしまうのです。
この150年間「戦闘」ばかりだったと言えます。
どこかの国が平和になったと思えば、またどこかの国が戦争を始めます。

誰かの身勝手が大きな世論となって行くからです。
家事に追われている女は戦争など望んでいません。
無邪気に遊んでいる子供たちは戦争など望んでいません。
そうでしょう?毎日が忙しい「普通の生活」を送っている者たちは、
武器を使って殺し合いをしたいなどとは決して考えていないのです。

日本は民主国家で、一党独裁ということもありません。
しかし、衆議院議員の半数以上を自由民主党が占めています。
これでは一生懸命に国会で反対をしても全ての法案が通ってしまいます。
下手をすると独裁政治になりかねません。なぜ日本は自民党ばかりが
議席を獲得できるのでしょうか。
私は「日本人の無関心」が災いしていると思います。
「保身」と「身勝手」な国民性が官僚には、とても「利用しやすい」性格だと
映っているのでは無いでしょうか。

日本人は「弱いものいじめ」をする国民です。誤解を招きそうですが、
弱者、つまり「立場が弱いもの」を糾弾する性質を持っています。
それが「犯罪者」であったり「社会的弱者」であったりします。
前出の「大義名分」が染み付いている国民性です。
「だって、あいつが悪いんだから」です。悪いものは悪いです。
ルールを逸脱したものは善と悪だけで判断するなら「悪」になります。
しかし人間の作った価値観を一元化する事は容易ではありません。
その時の基準こそ「身勝手」だと思うのです。

自己の利益のためだけに「犯罪」を犯したり「行動」することは非難される
べきなのです。そして国民上げて、その行いを正し、そのものを「救う」
必要があると思うのです。排除だけでは良い国にはなりません。
それでは虐殺を繰り返す独裁者と同じになってしまいます。

小さな喧嘩でさえ仲裁したり、やめさせる事は難しいです。
ましてやシリアの内紛を止めさせる等とは、一人の人間や一国家が
成し得ることではありません。
国際刑事裁判所という機関があります。アサドや金 正恩のような
外道な行いをしている指導者を裁くことが出来る機関ですが、
これも、その機関と締結していなければ何も出来ません。
ちなみにこの機関を定めるに当たって、ローマ規定というものが
出されましたが、これに締結していない国は、やはりというか
「身勝手」な国が多いです。大国では中国やインドが締結をしていません。
もちろん北朝鮮も参加していません。
またロシアやアメリカ合衆国は締結したにも関わらず、その後に
「やっぱ辞めた」と抜けてしまいました。大変に身勝手な行いです。

一度やると言っておいて、前言を翻されては、これはもう「約束」など
全く成立しません。そして問題のシリアですが、シリアは署名はしました
けれど「批准」していません。批准していないとは国として認めてはいない
ということです。つまり国会で承認されていない。
そりゃそうです。独裁者が元首ですから、そんなもの認めたら死ぬことと
イコールになってしまいます。
それでも動くべきなのです。
今、シリアでも、どこでも、「難民」という名の救うべき人間がいる国には
みんなで関心を寄せて、世界を動かさなければならないと思います。

確かに日本の内情は問題山積で他国の「身勝手」に構っていられる程
ゆとりは無いかもしれません。でもシリアで今日も、たった今も殴り殺されたり、
電気で感電させられて死んでいく罪も無い女や子供は笑ってTVを見る
「時間」も無いのです。国益と言えば「大義名分」になるでしょう。
でもそれは大和魂とは懸け離れた、ただの「保身」だと私は思います。

5歳にも満たない子供を丸裸にして、冷たい水を全身に浴びせ、革の鞭で
体が吹き飛ぶほど何度も何度も殴り続ける。出来ますか?
想像してみて下さい。
親から引き離され、たったの一人、拷問場に裸で連れ出された小さな子供を。
アラブ人の大きな瞳。真っ黒なオニキスのような瞳。
言葉も満足に喋れない小さな子供。男の子でしょうか、女の子でしょうか。
両腕で肩を抱いているでしょう。震えているでしょう。怯えているでしょう。
無表情で強靭な体つきの男たちが鞭を持って囲んでいるんです。

数分のうちには小さな体は、イカのようにグニャグニャになって、無垢な命は
費えてしまうでしょう。そんなことを毎日どころか、一日に何度も行っているんです。
私は、それを考えると、すっかり笑えなくなってしまいました。
どうして私たちは生まれてくるのでしょう。

笑って暮らしたい。
独裁者の希望は何なのでしょうか。きっと笑って暮らしたいのだと思います。
虐殺をして、人が苦しみ悲しむ様子を見て笑いたいのであれば、それは
人間では無いと私は思います。糾弾するべきは人の幸福を奪うもの、
まずは、そこからだと思うのです。

独裁者の台頭


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Posted by アーバンギア at 21:25│Comments(2)あれこれ
この記事へのコメント
僕は数年前までただのアホウでした。
しかし、子供が産まれて退院し、大切に慎重に家まで連れて帰ってきた日の夜、こんなかわいい存在がこれから長い間ずーっと僕たち夫婦の元にいてくれるんだ。
そう実感した時からでしょうか?
嫌、奥さんのお腹が大きくなり始めてからでしょうか?
僕の周りにはたくさんの存在があることを意識するようになりました。
周りに流れるニュースで胸が痛むようになりました。
子供の存在が僕をただのアホウから、少しマシな人間に成長させてくれました。
だから、今日の記事は僕には痛かったです。
Posted by ゆうや at 2017年02月23日 12:18
ゆうやさん:


このブログを熱心にお読みいただいている方なら周知のこことは
存じますが、私は阿呆どころか筋金入りのクズだったと自負が
あります。ゆうやさんのように、子供を授けていただいてから、
少しだけ満足な人間に成れた様な気がしています。それとて、
まだまだろくなものではないのですが。子供を粗末にする大人の
気持ちが分かりません。気がふれているか、痴呆なんだと思います。

一日も早く世界中に平穏で幸せな生活を送る権利が行き届くことを
一緒に祈ってください。
Posted by アーバンギアアーバンギア at 2017年02月23日 19:20
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独裁者の台頭
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